あの夏、彼らに出会ったことに意味があったように。




今、此処にいる事にも何か意味があるのだろうか。












黒百合の章














ガタン、ゴトン、と電車が揺れる。

あの時はどうして不自然に思わなかったのか。

平成の電車がこんなに揺れる訳ないのに。




電車の窓から見える景色も戦後の日本そのもの。

そして驚いた事に――――この世界ではまだ三ヶ月も経っていないらしい。

日付と年号を聞いて絶句した。

たとえあの人達に会えたとしても分かってもらえるだろうか――――

否、分かってもらえるはずがない。

あれから私も随分変わってしまった。







うまく説明出来る自信もない。

けれど他に行く宛てがない。







「着いたよ」



隣に座っていた伊佐間さんが迫ってくる駅を指差した。

伊佐間さんはなんと榎さんの海軍時代の元部下らしい。

その繋がりで京極堂を始めとする他の面々とも知り合いらしい。

姑獲鳥以降の作品を読んでいない私には彼が小説の中の登場人物なのかさえわからないが、とにかく悪い人じゃないことは分かる。

短い言葉で伝えたい事だけ告げる口調もどこか優しい。








中野の駅を降りて、しばらく歩くと懐かしい眩暈坂が見えた。

この坂を登ったのは四年も前なのに、此処・・では数ヶ月しか経っていない。

どうして時差が生じたのだろうか。





「此処登るの嫌になっちゃうよね」



右肩にクーラーボックスのような箱を抱えた伊佐間さんがよいしょ、とそれを担ぎ直す。

中には朝釣りの釣果が入っているらしく重そうだ。

伊佐間さんの歩調に合わせてゆっくりと坂を登っていくとやがて懐かしい看板が見えた。









『京極堂』











思わず涙が出そうになったのをぐっと堪える。

伊佐間は立ち止まることなく、店の扉に手を掛けた。

骨休めの看板は掛かっていない。



「中禅寺君、いる?」




返事を待つでもなく中に入った伊佐間を追いかけ、店内に入る。

そこには懐かしい人物が座っていた。





「伊佐間君かい。どうしたんだね」

「朝釣り行ったらね、秋刀魚がいっぱい獲れたの。すごいでしょ。食べきれないからお裾分け」



箱を担ぎ上げて蓋を開けると、京極堂も身を乗り出す。



「ほう、これは見事だね。旨そうだ。おい、千鶴子」

「あら、まぁ、すごい。宜しいんですか?頂いて」

「うん、一人じゃ食べきれないから。どうぞ」

「では頂きます。あの、後ろの方はお連れさんですか?」



千鶴子と目が合った。京極堂も顔を上げる。

伊佐間はああ、と言って手招きをした。



「なんかね、此処に来たかったらしいんだけど迷子になってたから一緒に来たの」

「うちに?――――何かお探しで?」





京極堂が腰を上げて、こちらへ来た。

言葉が出ない。何処から何を説明したらいいのかわからない。




「あ、あの・・・・・」


変に思われただろうか。京極堂が首を傾げた。

何か言わないければならないと思うほどに、何も言えなくなる。





「ごめんなさい、帰ります」

「え、ちょっと―――」




居た堪れなくなって外へ駆け出した。

伊佐間さんの声が聞こえたけど足を止めることは出来なかった。




怖かった。


存在してはいけない人間なのに。


どうしてまたここに在るのか―――――・・・・



今度もまた受け入れて貰えるとは限らない。












―――――――――――――――――――――――もし存在を否定されてしまったら















カンカンカンカン










踏み切りの音に顔を上げる。。

いつの間にか駅の近くに来てしまったらしい。

ここはどの駅だろう。




線路の脇をのろのろと歩く。

履き慣れていないヒールの靴がカツカツと鳴っている。

電車が走る度に舞う前髪が鬱陶しくて仕方なかった。








ドサ









電車が走っていないのに、突然風を感じた。

反射的に音と風の方向を見る。





「   !!!」










そこには




手足がおかしな方向に曲がった




美しい娘が










真っ赤な鮮血の中で倒れていた。