古びた町並みに甦る感覚。



まるで此処はあの町・・・・のようで。














黒百合の章












「なんだか・・・懐かしいなぁ」






駅を出て見えた町並みはとても懐かしいもので。

四年前少しだけ過ごしたあの町と似ていた。

まだこんな所が都会の隅に残ってたんだと思うと自然と嬉しくなる。





自然と足が動く。道を一本曲がるともう都会の影もなかった。

木造の小さな赤・茶の屋根が続く中で一つ目を引く家があった。





「なんだろ・・・これ・・」




金網で囲まれた広い敷地内に生簀いけすがある。

その向こうに小さな木造の家があって、その横も小さな池がある。

庭と家の大きさが不釣合いなのも妙だが、何より奇妙なのは庭の周りに立っているものだ。

大きな鉄の塊に何かがいっぱい付いている。

溶接して取り付けたのかもしれないが、用途が見出せない。

ゴミの塊にも見えるし、何かをかたどったものにも見える。







「うちに何か用?」

「ひゃっ!?」



突然後ろから声がして――――振り向けば妙な帽子を被ったちょび髭の叔父さんが立っていた。



「うん?驚かしちゃった?ごめんね」


のんびりとした口調に人の良い笑顔を浮かべている。

その男性が金網の端の小さな門と汚れた看板を指差した。



「釣堀屋」



見ると確かに小さく『釣堀 伊佐間屋』と書かれている。

けれど至極読みにくい。本当に商売する気があるのだろうかと思わせるほどだ。




「それで?うちに何か用?」

「あ、いえ!」


もう一度、今度は若干遠慮気味に首を傾げて聞いたきた男性に慌てて手を横に振った。


「あの、この辺の住所教えてもらえませんか?」

「迷子?」

「ええ、まぁ・・・・」




二十歳過ぎた喪服の女に「迷子」はどうなんだろうと思いつつ頷く。

男性は少し唸った後、簡単に住所を教えてくれた。




「大丈夫?」

「ええ、多分」





そう答えながらもおかしいと首を捻る。

教えてもらった住所は行きつけの飲み屋の住所に近い。

タクシーで行った事があるから間違いないはずなのだが、こんな景色ではなかったはずだ。

少なくともこんな釣堀屋はなかったと断言出来る。

まさか一駅乗っただけで、こんな田舎に来るとも思えないし――――・・・






とにかく父に連絡しようと手帳を開く。

今の時間ならまだお寺にいるはずだ。

すると手帳の中から何かが落ちた。男性が反射的に手を伸ばす。

それを拾った男性はのんびりと、信じ難い言葉を言った。









「なんだ―――――中禅寺君の知り合い」

「はっ?」






落ちたのは昔京極堂さんに貰った彼の連絡先の書いてあるメモだった。

あの世界にいる間お守りになっていたそれは、帰ってきた時そのままの形で胸ポケットに入っていたのだ。

これがあるからこそ、あの夏の出来事を現実だと信じる事が出来た大切な品。

今でもお守り代わりに手帳に挟んでいたものを――――男性はさも知っているかのように笑って言った。





「もしかして京極堂に行くとこだった?だったら駅――――あっちね。
僕も行くから一緒に行く?・・・・丁度朝釣りの収穫御裾分けに行く所だったの」

「えっと――――・・・・」






すぐには言葉が出なかった。

男性を信じるなら此処・・は・・・・







京極堂の世界―――――?









久遠寺涼子はもういないのにどうして―――――――











「一緒に行かせて下さい」











今はただ真実を確かめるしかなかった。








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