その言葉は確かに胸に残ってる。 黒百合の章長い、長い夢を見ていた。 それは白昼夢だったのか、幻だったのかは分からない。 気付いた時、私は学校の保健室で寝ていた。校門の前で倒れていたらしい。 あれから四年が経ち、私は22になった。 あの夏の出来事は何一つ忘れてなんかいない。 全て現実にあった出来事だった。それは間違いない。 けれど何事もなかったように私の世界は動き出し――――そのことで少なからず私は戸惑った。 涼子と私は誰よりも醜い心の奥底がシンクロしていた。 だからこそ彼女は私を彼女の一部だと言ったんだ。 けれどそれも今日で終わる。 母が――――――死んだ。 あの世界へ行って私は少しは成長したと思う。 涼子の思い・母親の思い・様々な人の思いに触れて。 けれど現実はそう甘くはなく、結局私は母と和解することなくあの人は逝ってしまった。 それはあまりに突然のことだった。 『ごめんなさい』 涼子は私にそう言った。 私が母に言えなかった言葉を、彼女は言う事が出来たのだ。 一番醜いのは私の心なのだろうか―――――後悔だけが残る。 そもそもあの時、私は彼女を救えたかもしれないのだ。 彼女に人質に取られた時、恐怖で竦んで何も言えなかった。 あの時何か言えていたら、何か変わっていたのかもしれない。 「父さん、私一人で帰りたいんだけど」 葬儀の後、お寺の住職に挨拶を終えて私は父に言った。 「うん」 父はそれだけ言って頷いた。その背中は随分小さく見えた。 それほど仲の良い夫婦には見えなかったけれど――――― 母の葬式で泣かない娘をどう思っただろうか。 ひどく気になった。 寂しげに並んでいる墓石達を横目に駅までの道を歩く。 着慣れない喪服の黒が目に痛い。 適当に歩いているとやがて小さな駅が見えた。 真っ直ぐ帰る気もしなくて、適当に切符を買い電車に飛び乗る。 幸い電車は空いていて、私と一人の男性しかいなかった。 男性と対角の位置に座る。 少し古い電車なのか、ガタゴトと五月蠅い電車の音が今は心地良かった。 京極堂さん達はどうしているのだろう。 ふとそんなことを思う。 元の世界へ戻ってきてから、京極の小説は一度も読んでない。 物語は変わっていないだろうし、続編を読む気にもなれなかった。 世の中知らない方がいいことの方が多い。そんな気がした。 次の駅はまだ見えない。 なんとなく、対角線上の男に目をやった。 三十代かそのくらいの男が大事そうに箱を抱えている。 骨壷を納める箱に見えなくはないが、それとも違う気がした。 ぼそぼそと箱に向かって何か呟いているように見える。 ―――――何故かとても匣の中身が気になった。 声を掛けてみようか。 一瞬そんな考えが頭を過ぎったがすぐに打ち消した。 あまりに不躾で、第一不謹慎だ。 母親の葬儀の後で考えることじゃない。 気を紛らわそうと外の景色に目をやる。 やっと次の駅が見えてきた。男に下車する様子はない。 ならば降りよう――――このままではおかしな気を起こしてしまいそうだ。 ガタン、と一つ大きな揺れがし、ドアが開く。 すれ違い様、背の高い男とすれ違った。 と同じく真っ黒なスーツ姿に白い手袋がやけに印象的だ。 あの人も私と同じように、あの匣に興味を持つのだろうか? 少し気になった。 ドアが閉り、電車が動き出す。 その電車が見えなくなるまで見送ると、私は降りた駅名を確認した。 『町田』 駅名自体は有名であるし、何度か遊びに行ったことのある場所のはずだ。 それにしても寂れている。今時木造の無人に近い駅など有り得ない。 どうにも拭えない違和感に私は首を傾げた。 町田と言っても、自分の思っている駅とは違うのだろうか? とにかく外へ出てみることにした。 次→ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 秘められた恋 黒百合 |