ずっと気になっていた。

知っているようで、実はあまり知らない構えでトレーニングしているあの人のこと。

だからついつい、買ってしまったボクシング雑誌。

けれど中身は分からないことばかり。





















恋のはじまり












いつも、同じ時間に此処を通る人がいる。

大きな身体で、金髪の髪に青い目。多分、アメリカ人。

シャツの下から覗く、信じられないほど逞しい筋肉。

長い長い川沿いをランニングしていて、いつもあっという間に通り過ぎてしまう。

私の下校時刻と重なる一瞬だけが、彼に会える時間。






どこから来ているのかなんて、分かるはずがない。

もちろん彼は私のことなんて、知るわけもない。

時々立ち止まっては繰り返す動作。その動作がボクシングのものだと知ったのはつい最近のこと。

それが嬉しくて、つい、ボクシング雑誌なんて買ってしまった。








いつもの時間より少し早く帰れた放課後。

あの人が、通るまであと少し。

ちょっと、待ってみようか、なんて乙女心を出してみたりなんかして。

川沿いのベンチに腰掛けてあの人を待ちつつ、手元の本を広げてみたはいいけれど。






「よく分かんない・・・・」






読んでも読んでも出てくるのは筋肉質の男の人と、専門用語ばかり。

ボクシングどころか、格闘技もK−1だって全く分からない。





ひらひらと、風でページが遊ばれている。

ちょっとはあの人のこと分かるかな、なんて思ったけれど。

やっぱり世の中そう甘くはない。

ふと時計を見れば、もうすぐ五時半。あの人が、通る時間。







シュ、と風切り音がして、ボクシング独特の構えを繰り返しながら、あの人が走ってきた。

少しずつ、ほんの少しずつ、縮まっていく距離。

雑誌で顔を隠した私の視線になんて気づかないまま、あっという間に。

通り過ぎていく、あの人。







「あ・・・・、」







言葉にならない言葉。

言葉に出来ない言葉。



何を言いたいのか、何がしたいのかなんて分からない。

知ってもらいたいなんて、ひどい我が侭。

自分が見ているように、ちょっとでもいいから私を見て欲しい、なんて。









黙っているだけで、そんな願い、届くはずもなく。

あの人は軽快な足音を響かせて、私の目の前を通り過ぎていく。










そして、いつもの通り、私の1日が終わる。








彼の視線を辿る⇒