「ねぇ、私妊娠したかもしれないんだけど」




「はぁ?昼間っからなんの冗談だ」












もしも私が妊娠したら〜木場修太郎の場合〜












「最低ッ!!!!」







私は卓袱台の向こうのでかい図体の男を思いっきり睨み付けた。

予定日に生理が来なくて、悩んで悩んで悩んだ挙句、その原因とも言えるべき男に相談しようと思って来たらこれだ。



よりにもよって冗談?

冗談って何よ?

私のこの深刻な表情見てよくそんな事がぬけぬけと言えたもんだわ。

これでもし「俺の子だろうな?」なんて最低男定番の台詞吐いてたら、台所にある出刃包丁で刺し殺してた所だ。








「怒るじゃねぇよ。いきなり妊娠したかもしれねぇなんて驚くに決まってんだろ!」

「ああ、そう。それで?じゃあ冷静になった今はどうなの?」

「どうってのは・・・・なんだ」

「なんだ?なんだじゃないわよ!もし本当に妊娠してたら責任取って貰いますからね!!」

「誰も責任取らねぇなんて言ってねぇだろ!!大体まだ妊娠したか確かめてねぇんだろ!とっとと病院行って確かめて来い!!」

「何よそれ!?これだから男ってのは嫌なのよ!!ええ、もうわかりました!!修太郎なんかに取れる責任なんてせいぜい始末書書くぐらいだもんね!もう二度と相談なんかしません。お邪魔しました!!」





その辺に積まれていた雑誌を修太郎に投げつけて、私は思いっきりドアを叩きつけて部屋を出た。

背中から修太郎の怒鳴り声が聞こえる。なんて言ってるかなんてわかりたくもない。

とにかくくやしくて、涙が勝手に出てきて、どうして泣いているのかもわからなくて。

何度も通い慣れた修への道筋をただ走り抜けた。










修にはわからないんだ。










妊娠したかもしれない、って思った時どんなに怖かったか。

途端に下腹部が熱くなったような気がして、頭が真っ白になって。

修は簡単に病院に行けなんて言ったけど、それだってすごく怖い。

もしそれで本当に妊娠してたら?修太郎は結婚なんて考えた事ないでしょ?

私だってもう三十路。これを逃したらもう子供なんて出来ないかもしれない。

だから生みたい。例え・・・・一人でも。

そしたら腐れ縁の幼馴染ともお別れで。

きっと修は追いかけてなんかくれない。







ああ、もしこれが礼二郎だったら?

礼二郎だったら喜んで私を抱きしめてくれたかな?









あの時礼二郎じゃなくて修太郎を選んだのは私。

その事を後悔なんてした事は一度もない。

礼二郎の事はすごく好きだったけど。

やっぱり愛していたのは修太郎だったから。







だけど今は。












無我夢中で走って気が付いた時には日が暮れていた。

町の灯りがポツポツと付き始める。

夕陽は既に暮れていて、見上げると白い月。

一人ぼっちの月が自分と重なって見えるなんて重傷だ。







「とりあえず駅を探そう・・・・」






頬を手のひらで拭うと涙は既に枯れていた。

三十路の女が泣き顔でウロウロしているなんて笑いモノの何者でもない。

こんな自分が心底嫌になる。

もし本当に妊娠していたとして、私みたいな女が本当に母親になれるのだろうか。





ジワリ。







次から次へと不安が胸を侵食する。

本当は抱きしめて欲しかったのに。

結婚しよう、って言葉を待っていたのに。

笑って欲しかったのに。








?」










男の人の声が私を呼んだ。

思わずガバッと振り返る。

でもそこにいたのは。

そこにいたのは頭に浮かんだ人物じゃなくて。

呼び続けた人じゃなくて。









「礼二郎・・・・・・・」










どうして今、貴方に逢ってしまうのだろう。








再び緩んでしまった涙腺が制御装置が壊れてしまったかのように後から後から涙を流す。

私はそれを止める術を知らなくて。



知らなくて、ただ。






何も言わずに私を抱きしめてくれた礼二郎の胸に縋りついた。









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