あれからどれくらい経ったのだろうか。

すっかり日が暮れた町並みがビルの三階の窓から見える。

礼二郎の事務所に場所が変わっても今だ私は彼の腕の中で。










「礼二郎、もう・・・・大丈夫だから、放して?」

「嫌だ」

「礼二郎・・・お願い」

「嫌だと言ってる!」





ソファーに体重を預けて、私を閉じ込める腕の力は更に強くなった。

肩越しに意固地になった礼二郎の吐息が聞こえる。

私はどうすることも出来ず、ただ礼二郎の肩に頭を預けた。






「子供は僕が育てるぞ」

「え?」

「あの便所下駄の子供だろうが関係無い。僕が育てる」

「そう・・・・礼二郎は知ってるのね?でもまだはっきり妊娠したとわかったわけじゃ・・・」

「そんな事はどうでもいい。僕はと結婚する」

「礼二郎・・・・それは・・・」

「どうして木場修なんだ?どうして僕じゃないんだ!あんな下駄豆腐なんかより僕の方がを幸せに出来るぞ!僕は神なのだ!お前もそう思わないか、木場修」

「え―――?」






礼二郎が視線を玄関先に投げかける。

そこにはYシャツ姿で息を切らせた修太郎が立っていた。





「手前ェ、誰の女抱いていやがる」

「ふん、お前の女じゃない事は確かだな」

「ふざけんな!とっとと放せ!」

「嫌だ!どうして僕がお前の言う事を聞かなきゃいけないんだ!」






尚私も抱きしめ続ける礼二郎に業を煮やしたかのように、修太郎が近づく。

殴り合いが始まりそうな雰囲気に私は息を呑んだ。

礼二郎の胸を押しのけようとしても、体格の違う体はびくともしない。

細身なようで実は修太郎と張り合うほど彼は喧嘩が強い。






抱きしめる力は強く、その体温は温かく、けれど私が求めるものじゃなかった。









「礼二郎、放して。ね?」








私は出来るだけ優しく礼二郎の耳元で囁いた。修には聞こえない程小さく。









「礼二郎、貴方なら私が考えていることがわかるでしょう?」









礼二郎には小さな頃から不思議な力がある。

その能力の原理も「見えるもの」の正体も私にはよくわからないけれど。









の考えなどお見通しだ。でも僕はこんな腑抜けにを託したわけじゃない。
を泣かせる為に身を引いた訳じゃない!!」










私とは対照的に部屋中に聞こえる大きな声で礼二郎は怒鳴った。

修太郎の眉がぴくりと動く。






「手前ェが言いてぇことはよく分かったよ。だからそいつ放せ」

「ふん!本当に分かってるのか!!この間抜け便所下駄!!その四角い顔をやすりで磨いてやったらさぞかし面白いだろうな!」

「煩ェ!!とっとと探偵様は不貞寝でもなんでもしやがれ!」

「お前なんかに命令される筋合いは無い!僕に感謝しろよ!!これは手間賃だ!」






そう言って礼二郎の唇が私の唇と重なる。

それはあっという間の出来事で、私も修太郎も目を見開いたまま固まってしまった。







「れ、礼二郎・・・・」

「おい、こら手前ェなんのつもりだ!!」

「ふん、手間賃だと言っただろう。僕は寝るぞ!煩いからとっとと出てけ!!」





もう一度触れるだけの口付けが降りて、ようやく礼二郎の腕が解かれた。

にやりと笑う礼二郎はやはりカッコ良くて。

さっさと自分の部屋へ歩いていき、大きな音を立てて扉が閉まった。



「今度を泣かせたら、僕がを貰うからな!」



そんな捨て台詞を残して。







残されて私達は互いの顔を見合わせて。







「畜生、やられたぜ」

「やられたね」




苦笑した。




結局礼二郎は憎まれ役を演じてくれて。

私達は口に出さないでもそれを分かって。

二人して笑ってしまって。










「とりあえず・・・明日一緒に病院行こうぜ」

「うん」






そんな言葉素直に出たのはきっと礼二郎のおかげ。











どちらともなく深い口付けが交わされたのは、二人手を繋いで歩いた帰り道。








その光景を偶然遭遇した和寅が見ていて、礼二郎が事務所で暴れたと聞いたのは、

京極堂で皆に検査結果を報告したすぐ後だった。