狛村左陣は知らなかった。

政略結婚で得た妻が結婚前実は大層モテたことを。




狛村左陣は知らなかった。

唯一狛村夫婦に関する噂を面白く思っていない隊が一つだけ存在する事を。





狛村左陣は知る由もなかった。

その筆頭が今自分の手当てをしている人物であるということを。










夫婦:夫・姑大戦争













「あまり無理をしてはいけませんよ・・・・狛村隊長」

「すまん、手間を掛ける。」

「いえいえ」




部下を庇い右腕に裂傷を負った狛村は卯の花の手当てを受けていた。

かといって回復力も並ではない狛村からしたら騒ぐほどのこともなく、たんたんと手当てを受けている。

だが気になるのは先ほどから妙にそわそわとしている四番隊内の雰囲気である。




「卯の花・・・・隊内が落ち着かぬようだが」

「あら・・・そうですか?」



にっこりと微笑む笑顔はどうも東仙を思わせる。

袈裟は外していないし、霊圧は抑えている。原因は他にあるのだろうか。





「左陣さん!!」


そこに聞きなれた声が飛び込んできた。

見れば肩で息しているの姿。




?如何した?」

「左陣さんが怪我したって聞いて――――」

「大した事はない」



駆け寄るを左腕で受け止め、頭を撫でる。

は右腕の包帯を見つめた後、安心したのか無言で頷いた。





「本当に大丈夫なんですね?」

、安心なさい。本当に大したことはありませんよ」

「卯の花隊長!!」






噂通りの二人の仲の良さに凍結したのは四番隊隊員。

それもそのはず。

四番隊内では皆、政略結婚だということを知っている為には無理矢理娶られたとの印象が強かった。

噂はあくまで噂に過ぎず、は今も意に添わぬ結婚に泣き暮らしているというのが、四番隊内の見解だった。

それなのにこの仲の良さ。





「本当に仲良かったんだ・・・・・・」

「恋愛結婚じゃないんだよなぁ・・・?」

「どどどど・・・・どうしてそんな男の心配なんて!!」





隊内の反応も様々。

中にはハンカチを噛み締めている者までいる。

そんな中で、笑顔で不機嫌オーラを必死で隠している人物が一人。






「狛村隊長ならばこの程度の傷すぐに治ります。安心なさい」

「卯の花隊長!ありがとうございます」

「そういえばは元四番隊だったか」

「そういえば?」



その時の卯の花の額には明らかに怒りのマークが浮かんでいた。

四番隊員は皆悟る。卯の花が激怒していることを。




「まぁ・・・・夫婦なのにそんな事も覚えてなかったんですか?」

「結婚前の仕事の話は聞いておらんからな」

「仲が宜しいと聞きましたが、やはり噂は間違いだったようですね」

「貴公まで噂話をしているのか」

「聞き及んではいますよ。なんたって私の可愛い部下の事ですから





にっっこりと笑う卯の花に室内は一瞬にして氷点下にまで下がった。

狛村も卯の花が怒っていることは察したが、何故怒っているのかが分からない。





「それで?どこまでいってるんです?」

「? なにがだ」

「夫婦生活です。噂は全て本当ですか?」





その言葉に微かに狛村の肩が揺れた。

は噂自体を知らない為、訳が分からず二人を見ている。

そして四番隊員は「さすが卯の花隊長!聞きにくい事をずばり聞いちゃったよ!」と尊敬の念で卯の花に心の中でエールを送っていた。

ちなみに卯の花が暗に言っているのは主に「夜はそりゃもうラブラブらしい」の部分に他ならない。




「何故そのようなことを貴公に言わねばならぬ」

「私はが入隊した頃からずっとあの子の成長を見てきました。
まだ蕾のあの子の花がそこら辺の馬の骨に摘み取られようとしているのを黙って見過ごすわけにはいきませんわ」




何が怖いって満面の笑顔だから尚更怖い。

は二人の間をオロオロとしているし、四番隊員は卯の花の精神攻撃に耐えられず凍り付いている。

だが狛村には東仙という卯の花と同種の人間がすぐ傍にいる為、この手の攻撃には多少慣れていた。

臆する事無く、オロオロしているを左手で抱き寄せる。





の意思を無視するつもりはない」





それだけ言って、を左手で抱き上げ救護室を後にする。

後ろから何か聞こえた気がしたが、敢えて聞こえないフリをした。














「あの・・・・左陣さん?」

「なんだ」




今だ狛村に抱き上げられたまま、それでも抵抗する様子も無くは大人しく狛村の首に手を回していた。

耳元に遠慮がちな可愛らしい声が届く。



「噂って結局なんだったんですか?」

「知りたいか」

「知りたいです」

「教えぬ」

「えーーー」





抗議の声を上げたの頭を包帯の巻かれた右手で撫でる。

いつの間にか彼女の頭を撫でるのがくせになってしまった。

鉄の指に絡みつく黒髪が心地良い。




やがて七番隊に着いた。

右手で扉を開け、そのまま真っ直ぐ隊長室に入る。

当然の如く七番隊隊員に驚きの目で見られたが、構わなかった。





見せびらかしたかったのだ、己の妻を。





詰め所に戻る途中もおそらく大勢にを抱いて歩いている姿を見られた。

それでもを下ろす気にはならなかったのは知ってしまったから。







劣等感ばかりの人生の中で、初めて感じた優越感・独占欲。







腕の中の温もりに狛村左陣は生まれて初めて恋というものを自覚した。









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