何を望んでいるのか

何を望まれているのか





夫婦というものの意味を、狛村は知らない







夫婦:夫の困惑









慣れ親しんだ霊圧が近づいてくるのを感じ、東仙は檜佐木を呼んだ。

「迎えに行ってくれるかい」

それだけ言うと察しのいい部下はすぐに表へ出て行く。








「東仙隊長は隊長室にいらっしゃいます」

「済まぬな」




目が見えない分、耳の良い東仙に二人の声が届いた。

やがて大きな友人が顔を出す。

東仙はいつものように笑いながら狛村を迎えた。





「やぁ、そろそろ来ると思ってたよ」

「うむ・・・」

「それで?どうなんだい?」

「よく分からぬ・・・・」





その答えにそうか、と東仙は言った。

結婚が決まった時、狛村が真っ先に相談したのが友人である東仙だった。

狛村は言ったのだ。




「儂のような者と結婚させられる娘が哀れでならない」、と。


「それは違う」と東仙は言った。

だがそれは伝わらなかった。

どこまでも自分を卑下する狛村の考えはいつまで経っても変わらない。

だがいきなり知らぬ男と夫婦になってしまった娘も不憫である事は確かだ。






「素顔を見せた」

「え?見せたのかい?」





狛村の吐いた言葉は東仙にとって意外なものだった。

夫婦らしい接触をするつもりはない、と夫婦生活を始める前から言い切っていたからだ。

狛村は重い袈裟を取ると、溜息を付いた。





「それで?」

「笑った」

「ええ?」

「馬鹿にされたのではない。ただおかしそうに笑ったのだ」




そう言って狛村は空の重箱を東仙に見せた。




「昼に弁当を持ってきた。昨夜は一緒の部屋で寝た」

「それは―――つまり、彼女が君を受け入れたということじゃないのかい?」

「わからぬ。だが、大人しそうな娘だと思ったが、思い違いだったらしい。
顔を見せてから変わった。よく笑う」

「それはいい傾向じゃないか」




どう見ても事態は好転している。結婚当初は全く接触がなかったと聞いているのだ。

彼女もただ従順な妻を演じているのだと。

よく笑うようになった

それは元々明るい娘が狛村が顔を見せた事で心を開いたという事だろう。

それなのにどうしてこの友人は気難しいままなのか。





「何か問題でもあるのかい?」

問うと、狛村は少し唸った後呟いた。

「・・・・どうしていいか解らぬ」

その言葉に思わず噴出す。




「東仙?」

「まさか君に惚気られるとは思わなかったね」

「儂は真面目に話しておるのだ」

「君はありのまま彼女に接すれば良いんだよ。彼女もそれを望んでる。
せっかく彼女が心を開いたのに君がそれではどうしようもない」

「しかし儂は・・・」

「君が何者でも関係ないよ。現に君と僕とは友人だ。違うかい?
お互いを知るには時間が必要だよ。君達はまだ出会ったばかりなんだ。
これからゆっくり知っていけばいい。さぁ、問題はもう解決しただろう?」





東仙は腰を上げると友人の背中を押した。

もう日が暮れる。新妻はきっと狛村の帰りを待っているだろう。




「夫は真っ直ぐ妻の元へ帰るべきだ」




笑いながら言う。狛村は袈裟を被りゆっくりとした動作で退室をした。







「今度挨拶に行くべきかな」





祝言も挙げていないのだから、友人代表として新妻を見に行こうと

友人の背中を見ながら、東仙は密かに決めたのだった。
















一方狛村家。






、これはなんだ」

「蒲団ですよ」



帰宅してすぐ、楽しそうな妻に手を引かれ寝室に入った。

すると狛村でも見たこともないような大きな蒲団が寝室に並べられていた。



「一緒に寝ましょうね。左陣さん抱き心地良さそうだし」

「・・・・・・・・・・抱き心地・・・・?」

「拒否権はありませんよ。私達夫婦なんですし」




そう言ってにっこりと笑う妻の言葉を否定出来様はずもない。

結局押し切られ、一緒の蒲団に入ることになった狛村の腕の付け根に妻の頭がちょこんと乗る。





「これからは冬も暖かそうですねv」

「・・・・・儂は暖房か?」

「不満ですか?」

「・・・・・否」






そう言うと嬉しそうには笑った。

それから少し言葉を交わしてから互いにお休みを交わす。

腕の中に自分とは違う温もりがあることに違和感を感じながらも、

何処か心温まる思いに、狛村は目を閉じた。









そして菓子折りを持った友人代表が部下を伴って狛村家を訪れたのはその翌日の事である。











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