自分の存在はなんなのかと、自問自答する。















夫婦:素顔












結婚生活が一週間を迎えた。

だが二人の間に変化はない。

交わした言葉は事務的な事ばかりで、もちろん夜も別で。

夫婦らしいことなど何一つなく、袈裟に隠された真意を読み取る事も出来なかった。









ただ一つ解ったことは。






彼は自分を哀れんでいる。


意に添わぬ結婚を強いられた娘を。

自分の元へ嫁ぐしかなかった娘を。






の人格・心境・境遇・それら全てを無視して。





ただ可哀相な娘だと、決め付けて分かり合おうともしないのだ。




には特別想い人がいたわけではない。

確かに無理矢理に決められた結婚ではあったが、見合いでもそのまま恋に落ちる場合もある。

は左陣が嫌いではなかった。

体躯・容姿に驚きはしたが、に対する気遣いと優しさは他の男性にはないものがあった。

そして彼自身、己に劣等感を抱いている。




それはやはり素顔なのだろうと、は考える。




もうすぐ左陣が帰宅する。

味噌汁の具をかき混ぜながら、はある決心をした。














「お帰りなさいませ、旦那様」






帰宅を告げる呼び鈴が鳴ると、は玄関に正座し左陣が入ってくるのを待つ。

そして頭を下げ、夫を迎えるのである。これは母親に仕込まれた礼儀作法の一つだ。

左陣はその様を見て頷き、草履を脱いだ。

そこまでは寸分違わず、一週間続いた光景だった。






「旦那様」



だがは己の部屋へ向かおうとする左陣を呼び止めた。

ゆっくりと左陣が振り向く。表情は当然読めない。



「お話が御座います。宜しいでしょうか」



返事はない。だがその代わりにに部屋へ来るよう促した。

左陣に続き、初めて夫の部屋に足を踏み入れる。








「話とは」




鳥の声もなく、喧騒も聞こえず、夕刻だというのに静かだった。

二人は正面に向かい合い正座していた。





「私は貴方の嫁として、此処へ参りました。
けれど一度も私は貴方と一人の人間として向かい合った事は御座いません」




不思議と心は静かだった。

例え罵倒されようとも、覚悟はとうに出来ている。







「私は小間使いに来たのではありません。
同情など無用。もし本当に私の為を思って下さるのなら」







「どうかお顔を見せて下さいませ」










その言葉を言った後、左陣は身じろぎ一つしなかった。

予測していただのだろうか、いつか言われるだろうと。

少し息を吐いた後、左陣はゆっくりと大きな袈裟に手を掛けた。

がさ、と音がして頭部から袈裟が引き抜かれる。








その姿を見て。

は。












声を上げて笑った。
















「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・終わったか」

「はい・・・・・・・・」






一頻り笑い切った後、左陣はを見つめやはり溜息らしいものを付いた。

らしい、というのは左陣の素顔が獣ゆえ判断付かないのだ。








「何故笑う」




怒っているでもなく、左陣は問うた。

恐らく彼はずっと恐れらてきたのだろう、その素顔ゆえ。

けれどからしたら半獣も獣の顔もそれほど恐ろしいものではなかったのだ。

もっと皮膚が焼け爛れているだとか、尋常でない強面だとか、実は正体は涅マユリだとか、そういったものを思い浮かべていたのだ。

その想像に比べれば狼の顔など可愛らしい以外の何者でもない。




しかしまさか拍子抜けしたなどとは言えまい。









「左陣様、これからお食事は居間で一緒に取りましょう」




結局左陣の質問に答えることはせず、は提案を口にした。

それは極当たり前の夫婦の営みである。




「それから寝室は・・・空き部屋を使いましょうか。
後でお蒲団を移動させますので手伝ってくださいませ」







困惑する左陣を余所にこれからの新婚生活が妙に楽しみなってきただった。










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