全てが必然で彩られているとするなら、逃れる術などあるのだろうか? 沈丁花怪奇談「ああ、来たのか」 深夜二時過ぎ、なのに当然のように彼は私達を玄関先で迎えた。 「おう、京極堂。電話で話した通りだ。この娘お前の知り合いだな?」 「そうです。面倒を掛けてすみませんね」 「で?この娘はなんでぇ?さっきから一言も喋りやしねぇ」 木場修太郎はちらりと娘を見下げた。 京極堂に怒られると思っているのだろうか。 娘は鞄を両腕で抱え、木場の後ろで小さくなっている。 京極堂の住所が書かれたメモを見せてきてからは娘は諦めたかのように大人しかった。 京極堂に電話をしている間も逃げる様子も見せず、時々小さな欠伸をするだけ。 相変わらず声は出さず、少々呆れる。 もし自分より先にろくでもない連中に遭遇でもしていたら、呑気に欠伸なんてしてられなかったろうに。 あの界隈で所在なさげに娘が一人うろついている時点で家出娘か商売娘に違いない。 だからこそ木場とて疲れている身体を押して声を掛けたのだ。 「ああ、預かってる子でね、声が出ない」 「あん?出ねぇって・・・病気か?」 「おそらく精神的な原因だとは思いますが。旦那、怖がらせちゃいないでしょうね?」 「・・・・・・まぁ・・・多少怒鳴りはしたけどよ・・」 「旦那・・・」 「仕方ねえだろ!何聞いても喋らねぇんだからよ!声が出ねぇならそう言え!」 「言えないから困ってたんでしょうに。ああ、君疲れただろう。今日はもうお休み」 京極堂に声を掛けられると微かに娘の肩が震えた。 怖がっているというよりはやはり、恐れているように見える。 「心配しなくていい。榎木津には明日の朝連絡しておこう。黙って出てきたんだろう? 千鶴子には事情を説明してある。玄関で待っているから行きなさい」 有無を言わせぬ京極堂に娘は素直に頷き、木場に向かって頭を下げた。 喋れないからには礼を言っているつもりなのだろうと、「おう」とだけ言う。 それにしても気になるのは・・・ 「おい、なんだ。あの馬鹿もあの娘に絡んでやがるのか?」 「大変不本意ながら。本当は今日榎木津の事務所に泊まる筈だったんですよ」 「で?礼二郎の所から家出してきたってわけか?わからねぇな。どういう関係だ?」 「話すと長いんですよ。いずれ旦那にも相談しようかと思ってたんですがね。今日はもう遅い。泊まっていきますか?」 「いや、いい。どうせ明日は夜から張り込みで重役出勤なんだよ。昼にでもまた邪魔するぜ」 「そうですか。じゃあお願いします。多分榎木津と関口も来ると思いますが」 「関口まで関わってやがんのか!?ったく閑人共が揃って何してやがんだ」 「彼らが閑人なのは同感ですが、一緒にされるのは心外ですね」 「へっ!そりゃ悪かったな。じゃあ明日な」 「ええ、それじゃ」 京極堂と別れて木場はポケットから煙草を取り出した。 馴染みの店のマッチで火を付けて眩暈坂を下る。 煙を吐き出しながら、木場は今日会った娘の事を考えていた。 京極堂は一言も娘の素性には触れなかった。 理由ありだったとしても親戚の類であれば一言そう言う筈だ。 ましてや旧友達まで関わっているという。 普通ならば此れほど気にはならない。 家出娘であろうと未成年の売春婦であろうと保護者に引き渡せば木場の仕事は終いだ。 だが、今回はそんな気にならない。 刑事の勘が疼いている。 ――――あの娘は危険だ。 何が危険なのかはわからない。 だが普通の娘ではない。 ――――あの娘は何処かオカシイ 喋れない事がじゃない。 存在に何か違和感を感じる。 強いて言うなら第六感が危険だと木場に告げている。 京極堂は『相談しようと思っていた』と言った。 こちらが相談した事は何度があったが、京極堂から相談を受けた事などただの一度も無い。 あの男に他人、少なくとも木場や榎木津周辺の人間を頼る必要など皆無に等しい。 ならば今回―――京極堂が必要としているのは木場自身ではなく、警察という機関なのだろう。 刑事である木場に相談があるのだ。 そうとなればあの娘はただの娘ではないということになる。 木場は現在赤子失踪事件を担当している―――いや、掘り起こしたと言った方が正しい。 担当していたのは一年も前の話だ。何故か三件もの訴えが同時に取り下げられたのだが、現在その話がカストリ誌によって再び甦り始めていた。 どうやらその原因は容疑の的である病院の娘にあるらしいのだが。 明日はその捜査の一環でその病院の若い内科医の素性を探る事になっていた。 出勤は夕方からである。約束通り昼辺りに京極堂へ話を聞きに行かねばなるまい。 どうにも嫌な気分だ。 久しぶりに身のある事件を担当しているからかもしれぬ。 それでも 嫌な予感がするぜ―――ー・・・・ 寝酒にビールを煽りながら、木場は下宿の窓から白む空を見つめた。 結局寝たのは朝方だった。 |