『彼女は迷子の創造主だ』






それが榎木津礼二郎の答えだった。









沈丁花怪奇談









彼女を視た後、榎木津が京極堂に言った言葉。

その意味は解りかねた。

が、榎木津はえらく彼女を気に入ったらしい。

自分の傍に置くと言い出したのだから余程だろう。

それとも未知への興味か。彼のその好奇心は至る所に発揮される。





が、これはまたどうしたものか。





関口が連れてきた少女は違和感の塊だった。

何処が――と聞かれても答えられない。強いて言えばその存在が。



境界線がひどく曖昧で一体何処から何処までが少女を形作っているのか。



着ている服はセーラー服のはずだ。だが見知っている物とは多少異なる。

年齢は十代後半、白い肌に無垢な苦労を知らない手は「姫」と榎木津が表現したように何処かの令嬢のように思える。

だが、料理は人並みに出来る。家事を知らないわけでもない。

身のこなしをとっても訓練された人間には思えない。

これで京極堂の予測は一つ、外れた事になる。




何処かで誘拐されその恐怖で声を失ったとなれば、それは警察の管轄だ。

だが榎木津は『迷子』だと表現した。ならば――――『創造主』とは?




『創造主』――――神の如く何かを生み出したというのだろうか。



この小さな少女が?

何処かおどおどした落ち着きの無い様は関口のそれと似通っている。






君」





すっかり酔ってしまった関口と榎木津は二人して畳に転がっている。

その横で律儀に後片付けをしている彼女の名を呼んだ。




「(はい)」




当然声などするわけもなく、両手にコップを持った彼女が振り返る。

すこし落ち着いた様子に戸惑いを覚えるが、聞かないわけにもいかない。

何より『不思議』というものを抱え込むのは性に合わない。

『不思議』とは無知を指す。知ればそれはただの事実だ。






「君の正体が知りたい」







どう言ったものか迷ったが、言葉を飾った所で本質は変わらない。

ならばと思いはっきり言いはしたが、瞬時に京極堂はそれを後悔した。







彼女の表情が美しく歪む。







は首を横に振った。何度も何度も。

涙を流すわけでも京極堂に怒りを表すでもなく、ただ首を振る。





それは諦めのように見えた。






「・・・・すまない、おかしな事を聞いたね」






出来るだけ優しく言ったつもりだったが、彼女にどう伝わったかはわからない。

元々他人に対し慰めの言葉を吐くのは苦手だ――――それが全て偽りの表面だけを繕ったモノだと京極堂自身が悟ってしまっているから。

口にすればそれは嘘になる。







「そこはいいから、君ももう寝たまえ。疲れただろう」






調子が狂っている。

否。

狂わされている。






部品が一つ抜けた歯車のようにガタガタと同じ場所を往復し動けない。







この焦燥感は一体なんだ?









が京極堂の言葉に頷き、寝室に入る。

既に布団と夜着は用意していたから、後は放っておいても寝るだろう。








カタン、







襖が開く音がし振り向くと、妻の夜着を着たが立っていた。

たどたどしく一礼すると「お休みなさい」と口を動かす。



先ほど酒宴で笑っていた時とは違い、少々塞ぎ込んでいるように見える。

関口という男のおかげでそう言った事に随分目聡くなってしまった。




やはり怖がらせ―――いや、不安にさせたか。





慰めの言葉を吐くのは嫌いだ。

それが嘘だと知っているから。

人は時として心にも思っていない事を平気で吐く事が出来る。

その小賢しさと醜悪さを自分は十二分に知っている。






けれど今は







ゆっくりと立ち上がり、襖の隙間から見えている頭に手を乗せる。

今は下ろされている長い髪を猫をあやすように撫でる。



はしばらく不思議そうに京極堂を見ていたが、抵抗する様子もなくされるがままになっていた。

最後にポンと頭を優しく叩いてお休みと口にする。






今この場で自分に出来ることはそれだけだった。






けれど少女が。






少しはにかんだように微笑んでくれたから。
















人は人を救う事が出来るのか。

その答えは幾多も存在し、複雑すぎてその全容は見えない。






ただこの儚く危うい少女が。






屈託なく笑う姿を見たいものだと。







京極堂は静まり返った座敷で読みかけの本を開いた。