セーラー服にエプロン付けて左手にフライパン、右手に菜箸。




私一体此処で何してるんでしょうか・・・・・・









沈丁花怪奇談











「(じゃあ冷蔵庫の中拝見しますね)」




なんだか成り行きで四人分の夕飯を作ることになってしまった私。

榎さん(どうせ声は出ないんだし、ただの読者だった頃の呼び方で皆を呼ぶことにした)が
お腹すいたーとじたばた騒いでいるし、そそくさと台所へ向かうことにした。

ちらりと横を見て京極さんに冷蔵庫を指差し、口をパクパク動かす。

どうやら京極さんは読唇術でも心得ているようで無言で頷くと、自ら冷蔵庫を開けてくれた。




「って・・・・京極堂・・・・なんにもないじゃないか」





ほぼ空っぽの冷蔵庫を見て呆れた声を出したのは関口さん。

確かになんにもない。卵が1パックと野菜と牛乳が少々。それに調味料。




「千鶴子が帰郷してから一度も買い物に行ってないからね。当然だろう」

「って君!まさか千鶴子さんが戻るまでずっと隣の蕎麦で済ますだったのかい!?」

「馬鹿だな、君は。外食するなら他にもあるだろう」

「そういう事を言ってるんじゃないよ!全く出不精にも程がある!」

「君に言われたくないね」





関口さんの言葉をさらりと交わす京極さん。なんだか闘牛士と牛の遣り取りを見てるみたいだ。






「どうするんだい?今からじゃ何処の店も・・・・」

「やってないだろうね」







そっか・・・コンビニなんてないよね・・・・

時刻は六時半過ぎ・・・この時間じゃもう店は閉っているだろう。

なんとかこの材料で作れるものは・・・・・




「(あ)」





間抜けにも大きく口を開いた私に京極さんが何事かと視線を移した。

私は冷蔵庫を指し、これで作るとジェスチャーして見せる。




「作れるのかい?」

「(はい)」



大きく頷く私に京極さんは少し驚いた顔をする。

けれどすぐに顎に手を当てて、それから私の頭をすっと撫でた。


「じゃあ頼むよ」


そう言って関口さんの手を引き、京極さんは台所を後にした。

その時、ほんの少しだけ京極さんは口の端を少し上げて―――笑ったように見えた。

思わず撫でられた頭に手をやる。そこには京極さんの手の感触が残っている。




なんだか自分の事を認めて貰えたみたいで無償に嬉しくなった。
















「おお、オムライスか!これはまたハイカラだね!」

ちゃん、よくあんな材料で作れたね?すごいなぁ」

「感心してないでお茶の一つでも入れたらどうだい、関口君」





結局私が作ったのはオムライス。あの材料で思いついたのはこれくらいだった。

本当はこの時代オムライスなんてあるのかどうか不安だったけど、そこはまぁなんとかなったらしい。

正直私には今がどんな時代だったのかわからない。

電話だって冷蔵庫だってあるんだし、現代と変わらないのかもしれないけど、それでも私の育った環境とは大分違うはずだ。





「どうして僕が・・・・」

「猿!茶だ!さっさとしろ!姫も突っ立ってないで座るがいい。僕の隣だ!」

「強引だなぁ・・・あ、ちゃんはいいよ。座ってて」





言われた通り榎さんの隣に座ると、榎さんは満足そうに私の頭を撫でた。

なんだかここへ来てから頭撫でられてばっかのような気がする・・・

もしかしたら見た目より若く見られてるのかもしれない。

一応身長は157あるけど、童顔・・・だとは思うし。





関口さんが戻ってきて四人揃うと、榎さんが大きな声で「頂きます!」と言ったので正直面食らってしまった。

京極さん達は慣れている様で特に動じず、手を合わせて「頂きます」と私に言ってくれた。



誰かと一緒の夕飯なんてすごく久しぶりのような気がする。




両親共に全然帰って来なかったし。最近は特にそうだった。

帰ってきたとしても、あの人達が顔を合わせる度にケンカしてたから、私は二人が帰って来るとずっと部屋に閉じ篭っていた。

私がいなければとっくに離婚してたんじゃないかってそう思う。





なんでだろ・・・・あの人達の顔思い出せないや・・・・







スプーンでオムライスの端を崩す。

オムライスは母がまだ家に居て優しかった頃、よく作ってくれた料理だった。





「うん!うまいぞ、姫!!」

「本当美味しいよ。料理うまいんだねぇ」



関口さんと榎さんは何度も美味しいと言ってくれた。

京極さんは何も言わなかったけれど、食べ終わったお皿は空だった。









「ところで京極堂。千鶴ちゃんはいつ帰ってくるんだね?」

食後に関口さんがお茶を入れてくれた後、榎さんが唐突に切り出した。




「明日の午後の予定ですけどね。なんです」

「ほほう。じゃ、姫は僕が預かろう!」

「(え?)」

「ちょ、ちょっと榎さん!どうしてそうなるんだい?」

「だってややこしいじゃないか!帰ってきたら亭主が女の子を家に連れ込んでいたとなれば!これは夫婦の危機だぞ!」

「連れ込んだって・・・そんな・・・」

「そもそも連れ込んだのは関口君だけれどね」


狼狽する関口さんを尻目に榎さんはバンっとちゃぶ台に拳を叩き付ける。

その目はなんだかとても楽しそうで、意気揚々としている。



「とにかく説明するのにややこしいだろう!その点僕の家なら和寅がいるから食事も家事も心配ない! それに僕は姫が気に入った!だから姫は僕の所へ来るんだ!」



自信満々に腕を組んで笑う榎木津。

こうなっては誰も止められない―――誰もがそれを知っている。



声が出ない事には反論も出来ない。

どうなるんだろうと黙って見守っていると、京極さんが深く溜息を付いて私を見た。





「だ、そうだがどうする君。この男は一度言い出したら聞かないのだが。
誤解の無い様先に言っておくが、僕としては君が居てくれても構わない。
千鶴子は間違っても下世話な妄想をするような人間ではないし、それで夫婦の危機とやらが訪れる事もまずないだろう。
要は君の気持ち次第だ。まぁ、そこの男もおかしな趣味はないからそこは安心していい」

「おかしな趣味とはなんだ!人聞きの悪い!」

「他に言い様が無い。さてどうするかね?」




京極さんと榎さんが二人揃って私を見る。

思わず正座し、二人を交互に見てしまう。見れば関口さんも同じように二人を見ていた。



どうする、と言われても早々決められるもんじゃない。

それに・・・私としては京極さんの傍に居た方が元の世界に帰れる可能性を見出せるのではないかと思っていた。






帰る?――――――私は帰るのだろうか?

何処に?――――――独りのあの家に?








下を向いて黙っている私に痺れを切らせたのか、榎さんがすくっと立ち上がった。


「姫!何をウダウダ悩んでいる!いいから僕の家へ来ればいいのだ!」

「(はぁ・・・)」

「帰る場所など自分で決めるものだ!さぁ、決めたまえ!」



ずいっと視界に榎さんの顔面が迫る。ここまで言われて断われるわけがない。



「(じゃあ・・・お世話になります・・・)」



そういう意味を込めて榎さんにペコリとお辞儀した。

意味は伝わったらしく榎さんは満足そうに笑ってる。



「まぁ、今日は遅いからとりあえず京極堂に泊まるとしよう!
関君もどうせその気なのだろう。ならば宴会だ!姫との出会いに乾杯しなければ!!」

「ちょっ・・・・ちゃんは未成年ですよ!」

「何も飲ませるとは言ってないだろう!花があるだけで場は違うものだ!」





そうこうしている内に榎さんが何処からか一升瓶を取り出してきた。

それをコップに勢いよく注ぐと、一気に飲み干す。

続いて関口さんに無理矢理飲ませて、酒宴が始まった。

私もジュースで乾杯をする。






明るい声が聞こえる。榎さんが一人で何かの自慢話をしていた。

関口さんが「はいはい」と律儀に相槌を打っている。






明るい雰囲気の中、私は何かが引っ掛かっていた。


榎さんは言った。





『帰る場所など自分で決めるものだ!』






と。








何故帰る場所と言ったのだろう。

この場合「世話になる」もしくは「暮らす」場所だ。

でも榎さんは「帰る場所」と言った。






『帰る場所は自分で決めろ』









もしかして――――




もしかして――――








『真っ白だ』








あれは嘘で







本当は









『得意料理を作ってくれたまえ!』









                                      思い出のオムライス








視たんじゃないだろうか












                                      帰りたくない 




 







その記憶を

 












『京極堂を知っているらしいね』


 











本当は――――――
















身体から汗が噴出す。

全ての色が消える。













その時私は京極さんの鋭い視線に全く気付いてはいなかった。