目が覚めて最初に見たのが木造のシミだらけの天井と




なんだかカッコイイお兄さん(おじさん?)











沈丁花怪奇談












びっくりして思わず思考が停止してしまいました。

このスチー○ボーイみたいなカッコしたお兄さん(年齢不詳)は一体誰なんでしょう。





というか此処は何処でしたっけ・・・・・?






「榎さん止めて下さい。びっくりしてるでしょう」



寝ている私の顔を覗き込むようにジロジロと見ている男性を京極堂さんが睨みつけている。

横では関口さんがオロオロしてる。



ああ、そうか此処は・・・・あの京極堂だ。





と、いうことは・・・・つまりこの人は・・・・榎木津礼二郎さん・・・デスか・・・





榎木津さんと目が合う。

確か記憶によると京極堂さん達より一つ年上だったはずだ。

なのに色素の薄い髪にパイロットみたいな黄色のスカーフに水色のスーツの榎木津さんはどう見ても二十代後半にしか見えない。






「やぁ、猿。予想以上に面白い拾い物をしたね!」

「ひ、拾い物ってなんですか!彼女に失礼でしょう!!」








やがて飽きたのか榎木津さんは立ち上がり、本を開いている京極堂さんの隣に座った。

何か耳打ちしている。京極堂さんの表情が少しだけ動いた。





そういえば榎木津さんて確か・・・人の記憶が見えるんじゃなかったっけ?




なんだか二人の会話が異様に気になってだるい身体を無理矢理起き上がらせる。

寝ている間に掛けてくれたのだろう、茶色の毛布がパサリと落ちた。




君」

「(はい!?)」



声が出ないと分かっていても癖で口が動いてしまう。

その様子を見て榎木津さんが笑った。な、なんで・・・・





「幾つか質問がある」



そう言われて首を縦に振る。

関口さんは不安そうに私と京極堂さんの顔を交互に見ている。

榎木津さんもさっきとは一転して真剣な顔で私を見た。





「君には帰る場所も行く宛てもない。これは本当かい?」

「(はい)」


口を動かすと同時に頷く。

京極堂さんが横目で榎木津さんを見ると、彼も同じように頷いた。



「けれど君は此処を・・・京極堂を知っているらしいね?それは何故だ?」

「(・・・・・・・・)」

「京極堂?それはどういう事だい!?」

「関口君、君は黙っていてくれないか」



京極堂さんは厳しい目付きで私を見た。

多分榎木津さんが私の記憶を見たんだろう。

でも本当の事など言えない。


まさか小説を読んでいて知ってたんです、なんて――――・・・・




仕方なくわからない、と首を横に振る。

京極堂さんは目を伏せ小さな溜息を付いた。

やっぱり怒ってるんですね・・・・とは言えない。






「では最後の質問だ。君には此処に来る前、正確には関口君と会うまでの記憶がないらしいね?」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?



それは・・・・どういう事?




私の驚きを無視して京極堂さんが榎木津さんを見た。

関口さんはただ呆然と私を見ている。





「白状すると此処に居る榎さん、榎木津礼二郎は少々変わった性質の人間でね。
相手を見ただけで大体の事は分かってしまうのだよ」



さすがに記憶が読める、とは言わなかった。

今、この時点では一体小説のどの辺りなのかわからないし、もしかしたら一番初めの小説が始まる前なのかもしれない。

もしそうだったら、関口さんは榎木津さんの超能力の事は知らないはずだ。




「榎さんによれば君は関口君に会うまで記憶がないらしい」

「そう、真っ白だ」





付け加えたのは榎木津さんだった。

関口さんは首を傾げ、訳が分からない、と二人に文句を言っているけれど私にはなんとなく分かった。




榎木津さんは人の記憶が見える。

その榎木津さんが関口さんに会うまでの私の記憶を『真っ白』だと表現したという事は。

彼には私が此処に来る以前の記憶が見えなかったという事だ。




それが私が今の時代から見て未来の人間だからか、それとも全く違う次元の人間だからかはわからないけれど。





でもこれは・・・案外都合が良いのかもしれない。





とりあえず頷いてみる。

すると榎木津さんは満足そうにウム、と言い、関口さんは心底困ったように私の頭を撫でた。






「そうか。ならば警察に連れて行っても無駄なわけだね」

「でも・・・じゃあどうするんだい?まさかずっと此処に置くわけにも行かないんだろう?」

「いいじゃないか!そんな事は!なるようになるさ!!」

「榎さん・・・そんな適当な・・・」

「考えた所で無駄だろう!そんな事だから鬱病なんぞになるんだ!それより僕は腹が減ったぞ!猿、メシだ!!」

「え、榎さん〜〜〜〜」

「まぁ、待ちたまえ関口君。榎さんのいう事も一理ある。君はどうだね?
お腹は空いているかい?」




空いてます、思いっきり。

考えたら朝から何も食べてない。

外は既に暗く、暁色の夕日が西へ沈んでいた。

どうやら私は夕方まで寝ていたらしい。




私が頷くと、京極堂さんが受話器を取った。

ギーコジーコと昔の黒電話のダイヤルを回している。

コードレス電話しか知らない私からするとちょっとレアだ。




「待ちたまえ、京極堂!君はまた隣の蕎麦屋に出前を頼むつもりだね?」

「生憎妻は帰郷しているもんでしてね・・・なんです?」

「僕は姫の手料理が食べたいね!」

「?」




その言葉に首を傾げたのは私と関口さんだ。

京極堂さんは呆れたように榎木津さんを見ている。

っていうか怖い。京極堂さんの表情が!!

それに姫って・・・・




「姫ってちゃんの事ですか?」



私の疑問を関口さんが口にしてくれた。



「他に誰がいるというんだ!この馬鹿猿!
何故僕が君達のようなむさ苦しい男達を姫なんて呼ばなくちゃいけないんだ!」

手に握り拳を作って力説する

なんていうか・・・思ってたより榎木津さんってパワフル・・・・



「そりゃそうですけど・・・・なんでちゃんに作らせるんです?
っていうか料理出来るかどうかわからないじゃないですか」

「どうだい、姫!料理は出来るかい?」




関口さんを無視して、じぃっと夏木津さんが私の顔を見る。

また記憶を見られてるんじゃないかとドキドキしたけれど、多分大丈夫。

榎木津さんには私の記憶は『真っ白』にしか見えないんだから。




料理といえば私はまぁ人並みに出来る。

両親は共働きでほとんど家に居ないからほぼ一人暮らし状態だったから、食事はいつも自分で作ってから。

けれど目の前の三人(主に二人)を納得させる事が出来るような料理が作れるかと言われると・・・・

はっきり言って不安。



とりあえず出来ないことにしといた方が無難だろうと首を横に振ろうとすると、
いきなり榎木津さんが私の腕を引っ張った。




「そうか、出来るか!じゃあさっそく頼むよ!!」

「(まだなんにも言ってないんですけど!!)」

「ちょ、ちょっと榎さん!いくらなんでも強引じゃないか!」



関口さんが榎木津さんの服を引っ張ったけれど、左手でそれを払いのけた。

京極堂さんは黙ったまま二人を見ている。



「本当の脳の足りない猿だね、君は!」

「な、なんですか!」

「記憶というものは何がきっかけで甦るかわからないじゃないか!
染み付いた生活習慣は変わらないものだ!何が手掛かりになるかわからないのだよ!!」




どうやら私は完全に記憶喪失者として認識されてしまったらしい。

まぁ・・・いいけど。




「榎さんにしては的を得ているね」

京極堂さんはそれを聞いて頷いた。


「してはとはなんだ、京極堂!僕は神だぞ。正しいに決まっているだろう!!」


関口さんは完全に榎木津さんに押されている。

私は宙ぶらりんになったままどうしようかと、京極堂さんを見た。



「作れるかい?」

京極堂さんの言葉に頷く。

こうなったらやるしかないみたいだ。

これから少しだけお世話になる恩もある。


「よし!姫!何か得意料理を作ってくれたまえ!
関君、君も手伝えよ!!」

「・・・・・・わかりましたよ、もう・・・・」







こうして私は京極堂で手料理を披露する事になった。












何故この世界に来る羽目になったのか

これからどうすればいいのか






何一つわからないまま――――・・・・













「ちなみに僕はステーキが食べたいぞ!!」

「生憎うちにそんな豪勢なものはありませんね」

「さっき得意料理でいい、って言ってたじゃないですか!!」







なのにこんなにお気楽でいいんでしょうか・・・・?