今となっては何が真実だったのかわからない。



ただ京極堂が「これでいいんだ」と笑ったから



きっとこれでいいんだろう。








沈丁花怪奇談













私は今――――眩暈坂を登っている。

いつまで経っても慣れる事のないこの坂は、まるで私が京極堂に行く事を拒んでいるようだ。

太陽が照りつける。汗が鬱陶しい。

丁度半分ほど登った所で私は息を付いた。

電信柱に手を付く。まるで反省している猿だ。








―――――ここで私は一人の少女を拾ったのだ。









久遠寺梗子でも涼子でもない、路頭に迷った一人の少女を。

それは壮大な迷子だった。

なんせ違う世界から来たというのだ。その真相は私などに分かるはずもない。








私が拾った少女は――――文字通り消えて・・・しまった。







彼女は久遠寺涼子と共に医院の屋上から落ちたのだ。

だが発見された遺体は一つだけだった。

久遠寺涼子はあの高さから落ちたにも関わらず、遺体はほぼ原型を保っていたそうだ。

警察は今だの遺体を捜している。











「彼女は何処へ行ってしまったんだろう」

京極堂にそう聞くと、

「在るべき場所へ帰ったんだろう。彼女の役目は終わった」

と少し寂しそうに―――これはあくまで私の印象であるが―――彼は言った。

「これで・・・・良かったのか?」

私は聞いた。

「これでいいんだ」

そう言って滅多に笑わぬ京極堂が笑うものだから、私は少々仰天してしまった。







これで――――きっと良かったのだろう。








榎木津と言えば、何を根拠にか「姫とはまた会える!」と豪語している。

何はともあれこの迷惑極まりない探偵が機嫌を損なわなかったことは私にとっても幸いなことだ。

木場の旦那は裏づけとやらに忙しそうである。

何度か事情聴取をされたが、私に言えることなど何もない。

ただ一つ気になるのは―――――涼子が落ちる前に君に何かを囁いていたことだ。

どうやらそれに気付いたのは私だけらしい。

確かに彼女は君の耳元で何か言っていた。







謝ったのだろうか―――――――それとも








息を整えて私は再び歩き始めた。

ミンミンと煩い蝉の音も、夏独特の風も好きにはなれない。

けれどこの夏に会った事は忘れらないだろう。

いや、忘れない。









不幸な女達と一人の少女に出会ったこの夏を――――










榎木津の言葉が頭に浮かぶ。

また会えるだろうか―――――










「京極堂、いるかい?」











もうすぐ夏が終わる。






















沈丁花 花言葉:永遠・喜びを下さい








私を愛して下さい。
























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