「ケチビとは――――土佐に出る怪火のことですよ。
大抵は人の怨霊の化するものとされている。
あなたはそのケチビを具現化したんだ―――――を媒体としてね」





「え?」



じゃあケチビとは――――――






周囲の視線が一斉に私に集まった。

私はただ呆然と京極堂を見つめる事しか出来ない。

ケチビの正体―――――それは・・・・・






「私―――――?」
















沈丁花怪奇談













「媒体って・・・・」







声が掠れた。

京極堂を除けば私が一番この事件を把握していたはずなのに。

本当のあらすじとは別の所に真相があるのだと気付く。








「姑獲鳥が子を産みケチビが生まれる―――貴方が傍観者を欲し、という一人の少女を召喚した。
パラレルワールドというのをご存知ですか」

「ぱられる・・・なんだそりゃ」




京極堂の言葉に木場が反応した。何もかも理解出来ないと言った風に額には濃い皺が刻まれている。




「世界は一つだけではない。
無限の時空が折り重なり、一つの世界が存在する。
要するに、我々が住んでいる世界は幾つも存在する時空の一部にしか過ぎないということですよ」

「なんだそりゃ」

「そして彼女は我々には触れることの出来ない別の世界から来た。
彼女に呼ばれてね。何故でなければならなかったかについては、これは憶測に過ぎないが 彼女と久遠寺涼子は内面的に何処か通じている所があるんじゃないかと思う。
おそらく”シンクロ”したんだ」

「しんくろだぁ?」





木場はますます分からないという顔をした。

けれど私は――――まるで丸裸にされたような焦燥感に悪寒が止まらなかった。






久遠寺涼子は母親―――そして家を嫌悪している、心の底から――――







『あんな母親死ねばいい』







いつもと同じだったはずのあの朝。

いつものように母親と諍いを起こし、いつものようにそう願った。

暑い、暑い夏の日――――








私と久遠寺涼子は


誰よりも醜い部分が


シンクロしていたんだ









ひどい眩暈がした。

吐き気と共に世界が廻る。

肩に誰かの温もりを感じた。

榎木津が私を後ろから包み込むようにして立っている。







「大丈夫だ」






耳元で優しい声が響く。

無意識に、私は榎木津の腕にしがみ付いた。








「私は――――」

「もういいわ」






何を言おうと思ったのか自分でも分からない。

けれどその言葉は涼子によって遮られた。

冷たく低い声が響く。








「やはりその娘はなのですね」

「違う、君は貴方じゃない」

「いいえ、私なのです。醜い私が具現化したのがその娘なのです。ならば―――――」






それは一瞬だった。

榎木津の腕の中にいたはずが、次に触れたのは冷え切った体温。

首筋に何か小さなものが光っている。






「涼子さん!」

「おい、こら!!姫を放せ!!」

「貴方という人は――――まだ罪を重ねるつもりですか」

「何やってやがる!!」



関口・榎木津・京極堂・木場の声が次々に聞こえる。

そこでようやく自分の状況が理解できた。






久遠寺涼子が私を抱え込み、首にメスを当てているのだ。




「私が全て悪いのでしょう?ならば罰するまで。
母親が子供を叱るのは当然なのですから。ねぇ?陰陽師さん?」

君は貴方自身でも貴方の娘でもない。放しなさい」

「姑獲鳥がケチビを生んだと貴方が仰ったのでしょう?
ならばその言葉に従うまで」









カラン、

メスが落ちたのと同時に久遠寺涼子が私の手を引いて走り出した。

強い力で掴まれている。振りほどけない。

階段を上がっていく。腕が痛い。木場達が追い掛けてくる。

やっと止まったかと思えば、着いたのは屋上だった。

涼子に導かれるまま、屋上の隅へと進む。








「さぁ、一緒に逝きましょう」









身体が宙に舞った。