「お待ちしておりました」








二人の化け物の対面に誰もが息を飲んだ。












沈丁花怪奇談











ゆっくりと頭を下げた女は京極堂を見つめていた。

腹はとうに決まっているようで、脅えた様子もない。

関口は彼女を消えてしまいそうな大人しそうな女性と表現していたが、今の彼女は好戦的且つ挑戦的だ。





「―――――そう、ウブメを退治しにきたのです」




京極堂の声が虚空の建物に響く。

女は少し考えた後、「諸国百物語ですか」と言った。

目は笑っていない。




「能くご存知ですね。それと―――ケチビです」

「「ケチビ?」」





私と涼子の声が重なった。

一瞬目が合う。が、反射的に反らした。

そんな妖怪は勿論知らない。小説に今の言葉はあったのだろうか・・・・?





「ケチビの正体は後ほどお話しましょう。さぁ、参りましょうか」



黒衣の男は暗がりを指差した。

あの先に彼が指定した梗子の寝室がある。

闇夜だというのに、廊下に電灯は点いていなかった。

涼子を案内係に、病院を抜けて寝室へ入る。






途中、赤ん坊の泣き声が聞こえた気がした。






「赤ちゃん・・・・・いるんですか?」

「一昨晩産まれたという子だろう」




京極堂が答えた。

顔を上げても、暗がりでその表情は見えない。




「事が始まったら僕の傍から離れるな。いいね」」


その言葉に頷く。京極堂の口元が微かに上がったように見えた。






関口に続いて寝室に入ると、久遠寺医院の面々が顔を揃えていた。

最後に京極堂が入り、扉が閉る。ふと気付くと、敦子がいない。

おそらく庭に廻って木場達の所へ行ったんだろう。



「生憎儂は祈祷や御祓いの類は一切解らんぞ。
第一儂は幽霊だの妖怪だのの類は一切信じとらんぞ!!」



医院長の怒鳴り声が響いた。

だが京極堂は怯まない。いつもより低いが淡々と説教を繰り返す。

理に適っている様で、煙に巻いているような言葉は老人に鞭を打つ。






「そんな、馬鹿な―――そんなことは、」



だが京極堂に敵うはずもなく、老人は沈黙した。

それに成り代わり、今度は事務長が声を上げる。



「いい加減になさい。陰陽師だからと話を聞いていれば、さっきからちっとも要領が得ません。
第一科学に重んじる者に魂だの霊だの説くとは笑止千万」

「だとしたら、これはなんです?」



京極堂はそう言って懐から紙人形のようなものを取り出した。



「そ、それは・・・」

「お恍惚けになっても無駄ですよ。あなたの打った<式>は皆見事に打ち返されている。」

「式?なんのことだ」

「式神というのは式に人格を与えた時の呼び方です。そして――――」


一呼吸置いて京極堂がゆっくりと久遠寺家の面々を見回した。






「貴方の打った式はことごとく戻ってきて――――お嬢さんを不幸にしている。
貴方はそれに気付くべきでした。これが第二の悲劇・・・・・を生み出したのです」




誰も動かなかった。否、動けなかった。

涼子だけが物怖じせずに陰陽師を睨み付けた。

黒衣の男とモノクロオムの女が対峙する。






「第二の悲劇とはなんです。梗子のことですか」

「違いますよ。貴方は知っているはずでしょう。
何しろそれを望んだのは貴方なんだから」

「何を仰っているのかわかりませんわ」

「ならば言って差し上げましょう。貴方は久遠寺の辿る全ての運命を見届ける傍観者を欲したのだ。
姑獲鳥が子を求めるように・・・・そしてケチビが産まれた」




カタカタと堅く閉じられた窓ガラスが鳴った。

強い風が吹き付けている。裸電球がゆらりと揺れた。




「ケチビとは土佐に出る怪火の事です。
大抵は人の怨霊の化するものと解される。姑獲鳥の怨念がケチビを生んだ。
そしてそのケチビに式が合わさってあってはならない事・・・・・・・・・が起きてしまった」



一歩、また一歩と京極堂は涼子に迫る。

女の表情が僅かに変わる。



「貴方は貴方と同じ属性の人間を一人呼び寄せた。ケチビが実体化したんです。
彼女に何もかも見せる為に、その為に貴方は君を此処・・へ呼んだんだ!」




「そ、その娘が涼子と一体なんの関係がある!」



たまらず院長の叫び声が上がった。

だが二人とも振り向かない。既に京極堂は真相を知っている。







ケチビの正体を知っているのだ。

背筋に悪寒が走る。







「さぁ、全て終わりにしましょう。ここには厄介な結界が貼ってあるようだ。
謹請甲雪山鬼大神この座に降臨影向し、邪気悪鬼を縛り給え」




低い声が聞きなれぬ言葉を紡ぐ。それは呪文のようでもあった。




「けぇぇぇえええ!!!」





突然梗子が叫び声を上げた。人のものではない。



梗子の服が裂けていく。腹が尋常でないほど膨れ上がる。


びりびり、と音がし、赤いものが飛び散る。








そして――――――












大きな胎児が産まれた。