驚いた。ただ、驚いた。

自分とて人間なのだ。

予想だに出来ないことが起これば驚きもする。








もしや、と思った時にはもう彼女の姿は無く。

ただ、もう一度彼女が此処へ訪れてくれることを願っていた。





あの夏の日出逢ったこの場所で――――――










黒百合の章












平凡な日々な本来存在しないものだ。

何一つ変化のない日常など、あるわけがないのだから。

慣れ親しんだ家で見つけた愛しい異物・・・・・を見つめながら、京極堂は思いに耽っていた。





「関口君にはまだしばらく会わせない方がいいか・・・」




呼んだわけでもないのに突然訊ねてきた探偵を置いて、出掛けた後見たものは探偵と少女−――だった女性が仲良く寝転んでいる姿だった。

年頃の女性相手だと言うのに、全く意に介せず榎木津は赤子を抱くようにを抱きながら眠っている。

吹く風と共にため息をついて、の頭を撫でる。

あの夏から関口はなんとか立ち直ったものの、今だ不安定――――いや、あの男は常時安定していることなどないのだが。

成長したと関口に会わせれば、またあの男は不安定に輪を掛けることだろう。

制服を着ていた少女が女となって再会する、それはまさにあの夏の再現であるようかに京極堂には思えた。






「中禅寺さん――――?」

「ああ、起こしてしまったかい」

「私・・・・ごめんなさい・・・」

「謝ることなどないさ。何一つ」




まだ寝ぼけているのだろう、はごめんなさい、ともう一度呟いた。

髪から頬に手を滑らせて、の白い肌に触れる。

自分達とは違う時間を過ごしてきたことを証明するように、の身体は幼さの中に女の色気を纏っていた。










まだ眠いのか、穏やかに眠りに入ろうとするに苦笑しながら、耳元で囁く。

まるで呪文のようにそれを繰り返していると、ようやく意識が覚醒したのか、が目を見開いた。




「ちゅ、中禅寺さん!?」

「しぃー、榎木津が起きるだろう?」



笑いを堪えながら京極堂が人差し指を口元に当てる。



「もう起きてるぞ、愚か者!」


すると近づいた京極堂との間を阻むように、榎木津が不機嫌そうに起き上がった。



「他の男の腕の中にいる女を口説くとはいい度胸だ」

「無理やり抱いている男なんて数に入らないだろう」

「何を言うか!姫は自分から僕の腕に飛び込んできたのだ!」

「え、榎木津さん、私は―――・・・・!」

「やれやれ相変わらず寝起きの悪い男だ。まだ寝ぼけているらしい」




抗議に口を開けた榎木津の隙を見て、を起き上がらせると自分の方へ引き寄せた。

慌てるの髪を整えながら、じっくりと観察するように見つめる。

その距離は近く、鼻と鼻が当たりそうになりは慌てた。




「あの・・中禅寺さん・・・・」

君、此処へ来た経緯を話せるね?」

「あ・・・・はい・・・・」

「そうか、いい子だ」

「おいこら、いい加減姫から離れろ!!」




の腰に手を当て抱きしめているかのように見える二人に榎木津が二人を引き離そうと京極堂の着物を引っ張る。

それを至極めんどくさそうに払うと、榎木津を睨みつける。



「僕は君の保護者なんだ。久しぶりに会った子を抱きしめるのは当然でしょう」

「ふん!今のお前らが親子に見えるわけがないだろう!この節穴!」

「他人からどう見えるのかなどくだらない問題だな。そんなことあんたが一番よく分かっているだろう」

「ああ、その通りだ!だから気に入らないのだ、この馬鹿者!!」





「あ・・あの・・・・」




を間に睨み合う探偵と拝み屋はかなりの迫力があった。

口を挟めば油に火を注ぐ結果となることは目に見えており、オロオロとしているに、





「何やってんだ、てめぇら!!」




二度目の救いの手を差し伸べたのは木場だった。