それらは全て仕組まれていたのか。





あの、暑い夏の日から―――――
















黒百合の章








青木は再会したを連れて京極堂へ来ていた。

そう木場に命令されたからであるが、あの仏頂面の本屋と彼女の関係を青木は知らない。

そもそも木場を取巻くおかしな人間達のことを青木はよく知らないのだ。

青木が知っているのは木場が上司に提出した報告書の内容でしかないのだから。

そこには奇天烈な探偵も黒衣の男も登場しない。


あの本屋に言わせると世の中不思議なことなどなにもない――――らしいのだが、
青木にしてみれば、不思議なことだらけである。

その不思議の上位に居る探偵の男が、何故か本屋の居間に文字通り転がっていた。









「こけし君!一体なんのようだね、この名探偵に!!」

「いや、榎木津さん・・・僕が用があるのは中禅寺さんなんですよ」

「何を言う、この僕を差し置いて・・・・・ん・・・・おおう!姫ではないか!姫!姫!」




姫、とは彼女のことなのだろう。他に誰も、家主すらいる様子もない。

呼ばれた彼女はひどく驚いた顔をして――――青木の後ろで棒のように立っていた。




「え、榎木津さん・・・・」

「何を突っ立っているのだね、姫!!ほら、上がりたまえ!!」



探偵は僕を無視して、彼女の腕を掴んで無理やり玄関から引っ張り上げた。



「えええええ、榎木津さん!!」



引っ張り上げて、探偵はそのまま彼女を抱きしめた。




「何やってるんですか!!」

「見れば分かるだろう、阿呆か君は!」




阿呆の部下はやはり阿呆か!と大声で笑う探偵。

抱きしめられた彼女はやはり驚いているようで、探偵の腕の中で硬直している。



「え、榎木津さん、どうして―――?」

「ん?何がどうしてなんだ?」

「私だと・・・・」




分かったんですか、とは小さく呟いた。

ひどく小さな声だったが青木の耳にもそれは届いた。

何が、「どうして」なのか青木にも分からない。

けれど彼女は酷く深刻そうに探偵の顔を見つめた。



「分かるに決まってるじゃないか。僕は何処かの猿のように物忘れはしないぞ」

「で、でも・・・・」

「京極堂ならすぐに戻ってくるぞ。ああ、こけし君、君はもう帰りたまえ」



僕は姫と昼寝をする、とまたも聞き捨てならぬことを言われて青木はどうしようかと時計を見た。

今日は神奈川県警の刑事と会う約束になっている。

後ろ髪引かれる思いだったが、仕方なく青木は腰を浮かせた。



「じゃあさん、僕はこれで」

「あ、ありがとうございました」

「いや。じゃあね」





律儀に頭を下げる彼女に会釈をして、青木は本屋を後にした。

これから神奈川県警であの箱のような建物の中で起こった事件について調べなければならない。

謹慎させられている上司の為に。






それにしても、

やはり青木は違和感を感じていた。

刑事の勘など青二才の青木に備わっているかは定かではないが。

どうにも彼女のことが気になるのだ。

あの、屋上から転落してどうやって生きていたのだろうか。

そもそも本当に落ちたのか?





消えた少女、


まるで柚木加菜子のように。






類似、してはいないだろうか。

二人の消えた少女。


柚木加菜子が転落した現場に居合わせた消えたはずの少女。

そして今度は柚木加菜子が消えた―――――?







胸の中に浮かぶ疑問。

これが何を意味しているのか、青木には解らない。

木場に会えば、この疑問は解けるだろうか。

冷めた風に青木は一つ身震いをした。



















匣を作らねばならぬと思つた。

あの女性を収める為の匣を。

あの時、すれ違つた、黒い服を纏つたあの女が、





無性に、欲しくなつた。

ああ匣が欲しゐ。

あの女性が欲しゐ。




彼女ならばきつと分かつてくれるだろう。

彼女もあの時、あの電車の中で見たはずなのだ。

あの、匣の中の少女を。




ああ、匣が欲しゐ。

匣を用意しなければならぬ。












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こちらで使われている写真は管理人が張子師である荒井氏の展覧会で
直接撮影したものを素材として利用しているものです。
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