「美馬坂ァ!!!」








木場は銃口を真っ直ぐに美馬坂に向けた。

だが美馬坂は動じない。ただ不愉快なものを見たとでもいうように眉を顰めただけだった。






「何の用だね?」





唸るような地響きが床から木場の足を伝って耳の奥に響いている。

柄にもなく汗をかき、拳銃を持つ手が引き金にうまくかからない。

木場は幾度となく戦場で人を殺した。この程度で臆する男でない。

だが心臓が早鐘のように鼓動し、ばくばくと不快な音を立てていることを認めなければならない。

現状を在るがままに把握し、それに対して打開策を打つ、それが刑事である木場に必要なことだからだ。








「柚木加奈子をどうした。いや、それよりも・・・・はどこだ!!」

「知らないな・・・・誰だ、それは?」








美馬坂は意外なことを聞いたとでも言うように顔を上げた。

銃口にも動じず動かなかった男が、だ。

木場の頭はそれほど容量は多くはない。それこそ京極堂に比べれば大人と子供くらいの差はあるだろう。

いや、そもそもあの男と誰かを比べることが無意味なのだが。








「とぼけるんじゃねぇ!!久保竣公が此処を訪れたことは調べがついてんだ。
俺は昨日貴様が搬入した荷を見てる。あれはなんだ?は何処だ!!」






ガン、と木場はなにとも分からない機械の箱に蹴りを喰らわせた。

それに美馬坂が目を剥く。


「止、止せ!!」

「だったら話しやがれ!俺が納得するようにな!いちいち御託並べやがって、いけ好かねぇ!
何人が死んだ!!!女、子供ばかり狙って、バラバラにして組み立てて遊んでたっていうのか!!」



木場は美馬坂の眼前に迫り、その額に銃口をかざした。

人を殺すとは、なんて簡単なことだと、戦争時代木場は思った。

終戦後、人を殺す権利を公的に持ちながら木場はそれを行使せずにいた。

だがそれは倫理や良心的な問題ではない。ただ単に人を殺すという機会が与えられなかっただけだ。

その機会を自ら引き寄せようなどと思うはずもなく、銃を持った犯人と対峙した時でさえ引き金は引かずに今までやってきた。

こんなにも簡単なのだ。

かつての戦場を思い出し、その事実に戦慄し震えた若かった頃の自分を思い出す。

これは戦場なのだ。


木場は尾栓を引く。

弾が装填される。






「もう結末だ、美馬坂」






































関口はかつての戦場を思い出していた。

戦場と言っても、ほとんど何も覚えていない。

ただ目が回るような爆音が響き渡る度に夥しい死体の影に隠れ、目を瞑っていたその記憶だけが鮮明に残っている。

榎木津と陽子を伴い訪れたこの巨大な箱が関口を不安にさせる理由を今唐突に思い立った。

この腹の奥に響くような無気味な音が、戦場で嫌になるほど聞いた爆音に似ているのだ。

ああ、そうか、なるほど。

頭がぼおっとする。

それを思い出したのには訳がある。

やっと辿り着いた先で、木場が兵隊服で拳銃を構えているのだ。

ここは戦場じゃない。

なら何故彼はあたかも敵を眼前した兵隊の顔をして立っている?

此処は何処だ。







「この馬鹿」







私達の侵入で一瞬時が止まってしまったかのような二人を、榎木津が木場の頭を殴ることで動かした。

美馬坂は拳銃を当てられて腰が抜けたのか、へたりと背後にあった椅子に座り込む。

木場は何かを言いかけ、そして止めた。

拳銃に添えられていた指が落ちる。その様子に思わず私まで腰が抜けそうになった。







「君達は何者なんだ!いや、そんなことはどうでもいい。その男を早く連れて行ってくれ!その男は狂っている!!」





酸素がうまく取り込めないのか、肩で息をしながら美馬坂は木場を指さした。

だがそんな言葉はまるで聞こえないというように、榎木津は笑いだす。




「わははは!やっと本物に会えたな。どうにも気になって仕方がなかった。どいつもこいつも皆貴方の影を背負っている!」

「なん、なんなんだ、君は!!その男の仲間か!とにかく帰れ!」

「そうはいかないんです。それと僕は刑事なんて野暮で粗暴な人間じゃあありません。
探偵です。だから安心して下さい」




何が、安心なのか。

私はその言葉をいつものように呑みこんだ。





「それとここにもうすぐある陰気な男が来ることになっています。この物語の幕を引くために」

「なんだと?これ以上の茶番はたくさんだ!私には時間がない、もうすぐ―――――」











「回診の時間、ですか?」










からん、と下駄の音が私の耳に響いた。

あの、拝み屋の衣装を身に纏い京極堂が立っている。

その後ろには青木、ともう一人いた。警官もいる。







「魍魎とは本来ある一つの存在を指す言葉ではない。それが何であるか分からない、
一つを知れば、一つの謎が増える。そういう類のものなんですよ。
疑問符はネズミ算式に増える。だから丸ごと箱に入れてしまうしかない。
本来匣とはそういうもの・・・・・・なのです。
分かるかい、旦那。匣の中にも確かに意味は在る。だが本当に必要なのは匣そのもの・・・・なんだ」




黒衣の男は木場を見る。木場は滴る汗を拭い一言「わからねぇよ」と呟いた。

その様子に京極堂は少し、笑い美馬坂に向き直る。




「私が何をした?その連中を連れてさっさと帰れ、中禅寺!」

「私の後ろにいる方は弁護士です。それと刑事。念のため言っておきますが、外にも警察隊が控えてますよ。
貴方が柚木加奈子さんに行った行為は確かに犯罪とは言い難い。だが貴方の患者は犯罪者です」

「何を言っているのかわからんな。それに患者は渡せない。命に関わる」

「ならば命に関わらない患者なら渡せますか?いや、患者と呼ぶのはおかしいですね。
まだ貴方は彼女に触れていないはずです。その時間はなかったはずだ。彼のおかげでね」






京極堂はそう言って、美馬坂の背後にある巨大な鉄の箱を見上げた。

訳のわからぬ配線で繋がれた匣、その匣がこの不快な音の音源だと気付くのに私は少々時間がかかった。

その場にいる皆が京極堂につられて匣を見る。






「本来ならば―――――、此処に居る全員の魍魎を落とすのが僕の役目だ。
だが落ち着いてそれをするにはまず、彼女の安全を確かめなければならない。
此処で木場修に刃傷沙汰を起こさせない為にも」




美馬坂が途端にうろたえる。

一体何をそんなに怯えているのか。

耳に響く重音が少し小さくなったと思うのは私だけだろうか?







「あんたは何しに来たんだを助けに来たんだろう?」

「そう・・だ・・・京極!てめぇは知ってやがるのか!」

「これはあんたの役目だ、木場修」







京極堂が鉄の箱の横に在る、小さな箱を示した。

それに向かって木場が美馬坂を突き飛ばして走り出す。

他には誰も動かない。榎木津すら。陽子は何かを憂うように眼を伏せた。

私は突き飛ばされた美馬坂を見て、驚愕した。









木場が乱暴に箱の蓋を開けようとする。









―――――――――――――まて。










皆の視線は木場に注がれている。










―――――――――――――ちょっと、まて。











破壊音がする。蓋らしき木が音を立てて二つに割れた。










―――――――――――――まってくれ。












京極堂や美馬坂でさえ、それには気付いていなかった。

私だけが気付いた。

身体が震える。この感覚には覚えがある。

あの夏の、

夏の、暑い、暑い、夏の、













木場に突き飛ばされて床に座り込んでいる美馬坂の背後に、













!!!おい、!!!」












白いワンピースを着た、










「起きやがれ、馬鹿野郎!」









久遠寺涼子が、
















久遠寺涼子が、立って―――――――――――