男の手が首に絡まる。

何が起こったか分からなかった。

違う、最初から何一つ分かることなどなかったのだ。





――――京極堂に迷い込んだあの日から。








沈丁花怪奇談











ど   う   して――――?」







うわ言のようにその言葉を口にして目が覚めた。

今では当たり前の木造の天井が目に映る。

まだ圧力が掛かっている気がして首に手を当てた。

冷たい感触に、身体を起こすとタオルが膝に落ちた。

おそらく腫れているだろう首を冷やしてくれたのだろう。






「木場、さん?関口先生は――――?」





関口と、それに京極堂が居ないことに不安を覚えた。

一体関口の身に何が起こったのか。

関口の性質を知っているだけに不安になる。






「ああ、お前ェが心配する事じゃねぇ。それよりもお前ェ・・・・」

「はい?」

「声、出てんじゃねぇか」

「え?」







そう言われて動きを止めた。

「あー」と、思わず発生練習のような間抜けな声を出してしまう。

木場を見る。目が合い木場は頭を掻いた。




「なんでだが分からねぇが、まぁめでたい・・んだよな?」

「多分・・・・」





素直に喜べないのは関口が気になるからだ。

そして多分関口の奇行が声が出るきっかけになったのだろうと、二人とも分かっているから。

襲われた当事者と刑事では手放しで喜べることじゃない。






「関口先生は」

「さぁな。京極の奴が追いかけて行ったから大丈夫じゃねぇか」

「何処へ・・・・行ったんですか?」

「行くか?」

「はい」







頷くと木場が腰を上げた。

いつの間にか夜が更けている。

一体どれほど気を失っていたのか見当もつかない。








急いで靴を履くと、木場が戸口で待っていてくれた。

玄関を出て、暗闇に目を凝らししばし立ち尽くす。

一体何処へ行ったのか、分かるはずもなく。







「神社へ行ってみるか」

「神社?」

「京極堂の神社だよ。あの野郎あので神主なんてやってやがる。知ってたか?」

「聞いたことはありますけど・・・・」




まるで悪戯小僧のように笑う木場に私も笑った。

事態は逼迫ひっぱくしているはずなのに、そんな雰囲気はいつの間にか消えていた。

木場の心遣いのおかげなのだろう。




しばらくそんな事を話しながら歩いていると、ポツリ、と頬に冷たい雫が当たった。

空を見上げる。いつの間にか黒雲が広がって月を覆い隠していた。




「こりゃ降るぜ。戻るか?」

「いえ、行きます」




きっと行かなければならないのだ。そんな気がする。

その気持ちが伝わったのか、木場は頷いた。

くしゃりと髪を撫で回される。大きな手は私の頭を簡単に掴めてしまう。




雨が強くなる前にと走り出した矢先、目の端にぼぅっと灯りが見えた。

何かを囲うように二つの点が暗闇に映える。

その灯りの中には何か星のようなものが浮かび上がっていた。









――――――あれは、清明紋?











目を凝らすと、京極堂の後ろ姿があった。

木場が声を掛けると、振り向きもせず暗闇を指差す。

そこにはしゃがみこみ頭を抱える関口の姿があった。

走り寄ろうとすると、京極堂に手を掴まれた。

首を振り、駄目だと制される。木場は黙ってそれを見ている。










「たすけて」










掴まれた手をそのままに私は京極堂を見上げて言った。

物語はもう狂ってしまっている。

何をどうすれば正しい道に―――いや、既に正しい道が何かすらわからない。

だから。








「全く世話のやける先生だね」







声が闇に響く。関口が顔を上げた。

風が吹いて、寒くも無いのに身震いする。







「憑き物落しが必要だな。但し僕は高いぞ」







その言葉に鳥肌が立った。

その言葉は知っている

けれど大筋は狂ってしまってる。

そう、きっと―――――








狂いは私・・・・









目の前がぼやけた。

それが涙か雨なのかは、誰にもわからない。











ただ物語は確実に終着点へと近づいていた。









二章 閉幕














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木場の旦那贔屓のまま第二章終了。ヒロイン声出ました!
のでこれからは現代っ子爆発でバシバシ喋ってもらいます。
声出ないとどうしても暗い子みたいになってたからねー(苦笑)
榎さんの出番がなーい!