ああ、手を放さなければ



痕が残る、紅い痕が・・・・・









猥らな女が私を誘っているのだ。









沈丁花怪奇談












「何やってやがる!!放せ!!」











大きな声がした。

突き飛ばされる、何が起こったかわからない。

目の前で少女が気を失っている。









痕が。


首筋に紅い痕が残っている。










「関口、手前ェ!!」



襟が掴まれた。旦那が何か怒鳴っている。聞こえない。

京極堂が私をきつく睨んでいる。








「・・・・・誰と間違えた」







低く、まるで呪いの言葉を吐いているかのような声で京極堂は言った。






「・・あ・・・ぅあ・・・」






何か言わなければ、と思うほどに言葉は出ない。

誰と?誰と間違えた?

知らない。あんな女は知らない。

あれは私の中の妄想の産物なのだ。

私は何も知らない。










「言っておくが、それ・・は妄想なんかじゃないぞ。」






ー―――――――なんだって?






「どうやら一番憑き物落しが必要なのは、関口、君らしいな」

「きょ、京極・・・・」

「切り取られた過去などに興味はないが、それが今回の事件に関わっている事は否めない。
現に君はそれ・・のせいで君の首に手を掛けた」

「違う・・・・これは・・・・・」










「君は一体誰の首に手を掛けた?」








「うわぁあああああ!!!」













私は逃げた。

転げるように道を走る。

外は雨だった。

冷たさは感じない。

頭の中にあの女がいる。

離れない。哂っている。








――――――――淫らな、淫らな女が








藤牧の、愛した女性を僕は――――・・・・・・・・・












「っ!!」






何かに躓いた。地面に膝を付く。

何かが揺れている。

ゆらゆらゆらゆら。

あれは―――――清明紋―――――?













                                   「た す け て









「ひぃ!!」





誰もいないはずなのに声が聞こえた。

慌てて周りを見回す、雨で何も見えない。

泥だらけになりながら、灯りの元に必死で走った。

赤い柱に手を付く。

これは――――京極堂の神社か?












「全く世話のやける先生だね」





雨の中、顔のない男がそう言った。





「憑き物落しが必要だな。但し僕は高いぞ」




その男の腰元には何かがへばり付いている。

それは私の方を見て、俯いた。









狂いは私・・・・









それが初めて聞いた少女の声だと気付いたのは随分あとだった。