「あなたは私に似ていますわね」






その女は嗤いながらそう言った。







沈丁花怪奇談












何故この女が此処いるのか―――――。






ざわざわと体中が波立つ感覚。

墓地で幽霊を見た、そんな非現実感。








数十分前。

探偵である榎木津礼二郎と久遠寺夫婦が対面した時、主人である嘉親はを見て言った。

話はしてもいい。だが、その若い娘さんには聞かせたくない、と。



それは身内の恥を若い娘に知られたくないという老人のささやかな見栄だったのか。

だがそもそも連れて来いと言ったのは涼子である。

関口がちらりと彼女を見るが、反論を言い出す様子はなかった。





「姫!庭が面白そうだぞ!少し探検してきたまえ!」

榎木津は窓の外の景色を指差した。

確かに庭には誰かの趣味なのか、様々な花や植木が植えられている。




否、とも言えず、は部屋を後にした。

そうせざるを得ない、状況だった。

榎木津に背を押され、は部屋を退室した。

庭は昼間のはずなのに木々に覆われていて家全体が暗い印象がある。

本家の反対側には離れと思われる建物があった。







あそこに。


あそこにあれ・・がいるんだ。









「あなたは私に似ていますわね」









突然の声に振り向くと、久遠寺涼子が立っていた。

白い肌に陽の光が合わない。






「貴方を見た時感じましたの。今日貴方をお呼びしたのはお話がしたかったから」





微笑んでいるにも関わらず薄ら寒く感じるのは私がこの女の過去を知っているからか。

二人きりにはなりたくない――――けれど榎木津達が迎えに来る様子もなかった。





「声が出ないそうですね。可哀相に。その気持ち良くわかりますわ。
私も身体が弱くて―――幼い頃から歯痒い思いをしてきましたの」



空を仰ぎながら静かに語る涼子の姿は―――やはり現実味がなかった。

色の付いていない女。

モノクロオム。関口は小説の中で確かそう表現していた。




「貴方はどうして私を見てそんな怖い顔をするのですか?
私が恐ろしいのでしょうか?こんな、何も出来ない女が」




一歩一歩、ゆっくりとこちらに歩み寄って来る白い女。

後ずさりするにも後ろは花壇と小さな塀がある。

踏み荒らすのも憚れて、立ち止まった。





「まるで牢獄のようでしょう、この屋敷」



避けようにも足が動かない。

恐怖で竦んでいるのか。

それともこの女の魔力か。






「牧郎さんはきっと逃げ出したんだわ。・・・・羨ましいこと。
私も逃げ出したいと・・・・いつもそう願っていた」





あと一・二歩という所で涼子は立ち止まった。

己の黒い髪を撫でながら、空を仰ぐ。







「貴方には見届けて欲しいんですの。この――――・・・・「姫!!」







何を、

それは言葉にはならなかった。

強張った表情で榎木津が塀を突っ切って来たからだ。

花壇の花がぐしゃりと踏まれる。


こんな怖い顔は初めてだった。





「帰るぞ、姫!!こんな所に長いは無用だ!!」

(?)

「榎木津様、如何しました?何かご無礼でも・・・・」

「ああ、貴方も此処にいたのか。悪いが我々に出来ることは何一つ無いし、する必要も無い・・・・・・・
結果は既に出ている。なのにどうして関口は―――」



そこまで言って榎木津は閉口した。

涼子の顔をじっと見つめ、やがて大袈裟な程の溜息を付く。




「やがてここに幕を引くに相応しい人物が来るだろう。
それまで姫に手出しは無用だ!」

「何を仰っているのか―――・・・・」

「それは貴方が一番良くご存知のはずだ!失礼!!」






榎木津に手を引かれ、私は振り向く事も出来ず久遠寺家を後にした。

坂の下には困り顔の敦子が所在無さげに立っている。

そこに関口の姿はなかった。


















「貴方には見届けて欲しいんですの。この悲劇の結末を」


誰も居なくなった庭で涼子は一人呟いた。


「その為に貴方を此処・・へ招いたのだから」


呟きは風に消える。

口端を少し上げて、涼子は嗤った。

腹部へ手を当てる。熱い。

何かが脈打っている。










「そう、この浅ましい矮小な世界・・に―――――」









涼子は花壇に目をやり、榎木津によって踏まれた花の一つを手に取った。

朝鮮朝顔―――別の名をダチュラ。








「可哀相に」














その言葉の本当の意味に気付いているものは、まだ少ない。