6月の第三日曜日。

世間の父親達が、少しだけ浮き足立つ日である。

それは男塾元死天王影慶も例外ではなく。

毎年楽しみにしているこの日を、願わくは親子二人静かに過ごせたらと、

淡い期待を抱くのであった。





















影慶さん家の家庭の事情3
男塾的血血ノ日













きっかり朝7時に影慶家では目覚ましが鳴る。

隣で寝ている娘を起こさないように目覚ましを止め、窓を開ける。

例え日曜といえど規則正しい生活習慣が身についている影慶はあくび一つすることなく部屋を出た。






いつも通り新聞を郵便受けから引き抜くと、ざっと目を通す。

新聞の中に父の日という言葉を見つけて口元が緩む。

娘が、ここ最近自分に隠れてこそこそしているのを知っていた。

幼い娘が一体何をしてくれるのかと楽しみでたまらない。








朝食は何にしようか。

そろそろ娘が起きてくる時間だと、影慶は腰を上げた。

そこに玄関のインターホンが鳴る。まだ八時過ぎにも関わらず無遠慮に鳴る音に影慶は首を傾げた。




「おい、影慶開けろ。開けねぇと窓から入るぞ」

「・・・・・・・・・卍丸か」




その正体はすぐに知れた。

というよりは、朝っぱらからあの無遠慮な訪問の仕方をする人間は一人しかいない。

なんだか嫌な予感がしながら、それでも窓から入られてはたまらないと玄関を開ける。




「近所迷惑だぞ、卍丸」

「ご挨拶だな。あがらせてもらうぜ」

「待て。なんの用だ」

「用があんのはお前ェじゃねぇよ。だよ」







そう言って何やらでかい包みを影慶に見せた。

大方またどこかの土産だろう、大げさなほど大きな包みに思わずため息が出る。





「まだ寝てるぞ」

「じゃ、俺も寝るか。時差でロクに寝れてねぇんだよ」

「一緒に寝る気かお前は!!全く・・・また空港から直接来たのか?」





裏家業で情報屋をしている卍丸は、邪鬼や剣の依頼であちこち飛び回っている為特定の住居を持たない。

その他に多くの顧客を抱えている為、海外へ飛ぶことも珍しくない。

そういう場合、ホテルは味気がないなどと言いよく影慶の所へ寝泊りに来る。

目当ては食事ともっぱら娘のだ。




「客室で寝ろ。一緒に寝るなよ」

「いいじゃねぇか、ケチくせぇ」

「それに汗臭い。まず風呂に入れ」

「ああ?眠ィって言ってんだろ」

に嫌われるぞ」




そう言えば、卍丸はソファーに荷物を置き無言で風呂場に向かった。

しょうがない奴だと思いつつ、朝食の準備に取り掛かる。

そこに娘の軽い足音が聞こえ、影慶はフライパンの火を止めた。






「おはよう、おとーさま」

「おはよう、。まだ寝ていても良かったんだぞ」

「んん〜〜〜、おとーさま、だれか来た?」

「騒がしくて目が覚めたのか。すまなかったな。卍丸が来た。今風呂に入ってる」

「まんじまるのおじさま来たの?」





眠そうな目をぱっと輝かせて、は卍丸の荷物を見つけた。

そこには可愛らしいピンクの包みが転がっている。

期待を含んだ目で娘が嬉しそうにソファーに座る。

卍丸はすっかりお土産をくれるおじさんとして認識されてしまっているらしい。






、皿を並べてくれるか?朝食にしよう」

「はーい!」



朝食のオムレツを三人前焼き上げた影慶は娘に一つ皿を持たせ、あとの二つを持ってテーブルに座った。

卍丸を待つ義理もないと、娘と二人手を合わせ「頂きます」をする。

そしてオムレツを口にしようとした瞬間、またインターフォンが鳴った。





「なんだ・・・・?」

「私でる!!!」




最近ドアノブと玄関の鍵に手が届くようになったは、フォークを置いて玄関に向かって走り出した。

背を一生懸命伸ばして、鍵を開けてドアノブを押す。

影慶もその後を追いかけ、その姿を見守った。




「いらっしゃいませ、どなたですか?」

「ああ、か出て来てくれたのか。おはよう」

「センクウのおじさま!!」

「もう起きていたのか。おはよう」

「らせつのおじさまも!!」





「お前ら・・・・なんで来た・・・」







約束はしていないはずなのに、何故か死天王が揃ってしまった。

よりによって年に一度の父の日に。

今日の予定が崩れていくのを感じて、影慶は封印したはずの毒手が疼くのを感じた。

だが家に上げないわけにも行かず、二人を居間を通す。





「おう、お前ェらも来たのか」

いつの間にか風呂から出たらしい卍丸は肩にタオルを引っ掛けて勝手に朝食を食べていた。

その様子にうんざりとしながら、影慶は二人分のコーヒーを用意する。


「卍丸、お前もか」

「通りで影慶の機嫌が悪いわけだ」




顔を合わせた三人はそれぞれ苦笑したように呟いた。

機嫌が悪いのはお前ら全員のせいだと影慶は心の中で悪態をつく。

だがそんな様子を気にすることなく、は自分の席に座って朝食の続きを始めた。

センクウがそれを見ながらソファーに座る。



「食事の最中だったのか。悪かったな」

「お前らの分はないぞ」

「いらん、二人で食ってきた」



羅刹がそう言いながら、ピンクの包みを手にする。



「今度は何を買ってきたんだ、卍丸」

「見てのお楽しみだ。開けるなよ」

「まんじまるのおじさま、開けてもいい?」

「おう、メシ食い終わったらな」




じゃねぇと影慶が怖ぇからな、と言うとは急いでオムレツを口に放り込んだ。

綺麗に平らげたお皿を台所に運ぶと、駆け足でセンクウと羅刹の座っているソファーにダイビングする。





「ははっ、元気がいいな」


飛び込んできたを膝の上に乗せたセンクウはピンクの包みをに渡してやる。

急いでリボンを解き、姿を現したのは包み紙と同じピンクのテディベア。




「わぁ!!すごい!!」

「限定モンだぜ。シリアルナンバーついてんだってよ」

「ありがとう!まんじまるのおじさま!!」

「おう」

「一体どんな顔をして買ってきたんだ、卍丸」

「ま、お前にはできねぇだろうけどな、羅刹。堂々と並んで買ってきたぜ?娘にプレゼントってな」

「誰が誰の娘だ!!!」

「堅ぇこと言うなって影慶」

「そうだ、今日の予定はどうなってるんだ?影慶」


センクウの言葉に、コーヒーを乱暴に二人の前に置き影慶が答えた。



「貴様らさえ来なければ、ゆっくりと親子二人っきりで過ごす予定だったんだが?」

「気の毒だがそれは無理だと思うぞ・・・・」

「羅刹!!だから貴様らさえ帰れば・・・!!」

「俺らがいなくてもどうせ来るだろ、あのお方がよ」




卍丸の言葉に、影慶はまさか、と玄関を見た。

その瞬間本日三回目のインターフォンが鳴る。

もう、誰かなんて考えなくても答えは出ていた。





「何故だ・・・・俺は静かに過ごしたいだけなのに・・・・」



暗い目をする影慶の横を、が駆けていく。

玄関が開き、と聞きなれた上司の声が響き、影慶はがっくりと項垂れた。






「おとーさま!じゃきのおじさま来たよ!!」

「影慶、邪魔するぞ」

「・・・ええ、どうぞ・・・・」




を腕に抱いて現れた邪鬼に、まさか邪魔だと分かってるなら帰れとも言えずもう一人分のコーヒーを入れるべく台所へ向かう。

居間からは楽しそうな声が聞こえた。




邪「ところで、今日は何の日か知ってるか?」

「うん!しってるよ!!あのね、おとーさまのにがおえかいたの!!」

セ「ああ、うまく描けてるじゃないか」

羅「大したものだ」

「本当!?あとね、ようちえんでかたたたきけん作ったの!!」

卍「ほー、で?俺らにはなんかねぇのか、

「え!?んーんとね、じゃあかたたきけんいる?」

卍「それより一日デート券ってのはどうだ」

羅「じゃあ俺は食事券だな。三回分」

セ「添い寝券というのはどうだ?」

羅「それもいいな」

卍「何気にエロいぞセンクウ」


邪「ふむ・・・それでは俺は一日おとうさんと呼んでもらう券で




「貴様ら帰れーーーーー!!!!」









一年に一度の父の日。

その日何年ぶりかに復活した毒手が、影慶家を舞った。

後にこの日は男塾年中行事・血血の日として、剣達の酒の肴として語られることになる。



















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あとがき↓
父の日話です。どうやって邪鬼様がさんに”おとうさま”と呼ばせることが出来たのか
という話の最初の一歩になります。
ちなみに影慶の叫びにより、全員肩たたき券になったことは言うまでもありません。