ずっときっかけを待っていた。

待っているだけじゃ始まらなかった。









神様はいつもいじわる。



















恋の始まり















「遅くなっちゃったな」







放課後の帰り道、いつもの通学路。

友達とついつい長話をして遅くなってしまった夕暮れの時刻。

時計を見ると、5時15分過ぎ。これじゃいつもの時間に間に合わない。







「っ・・・・キツっ・・・」





一応走ってみるけど、日頃の運動不足がたたってすぐに息が上がる。

時計の針は5時30分過ぎ。もう間に合わない。





「はぁー、バカみたい・・・・」





約束、してるわけじゃないのに。

あの人は私のことなんて知りもしないのに。








走っている足が、止まる。時計を見るのをやめて。

止まって、またゆっくりと歩き出して。

結局時々使っているあのベンチの右端に腰掛けた。

無意識に空いてしまっている、ベンチの左側が寒い。




















































遅れた。いや、違う。ただ、過ぎてしまっただけだ。

いつもの時間、寮を出る直前で鬼ヒゲに捕まった。

ほんの少しの一方的な逢瀬が、今日は叶わない。




いつもの景色を通り過ぎる途中で見た時計の針は5時40分。

もう、居ないだろう彼女の影を目で探す。

結局買わずにいるボクシング雑誌。毎月買っていた雑誌の棚には今月だけ穴が空いている。





「ふぅ・・・・・・」






ひとしきりトレーニングを終えて、自動販売機の横で息を吐く。

無償に喉が渇いて、ポケットの中の小銭を販売機の中に放り込んだ。

コーヒーのボタンを押そうとした時、ふいに視界の隅に見慣れた影を見つける。






ガシャン、






缶が落ちる音がして、目線を逸らさぬままそれを手に取った。

ふと見ると落ちてきたのは、オレンジジュースの缶。

うっかり、となりのボタンを押してしまったらしい。






視線の先には、ベンチに座って遠くを眺めている彼女がいた。










どうしようか。

手元にある缶をじっと見つめる。

もう一度ポケットの中から小銭を取り出して、自動販売機に放り込む。

今度こそ、コーヒーのボタンを押して、これで手元には缶が二本。













ゆっくりと、自分らしくない緩慢な動きで彼女の元へと歩み寄る。

手元の本を開いて右寄りに座っている彼女の、横に腰掛けた。

缶コーヒーの蓋を開けて喉へ流し込む。




ちらり、

彼女を見ると、バチっと目が合った。

慌てて逸らす。

バサっと音がして、何かが落ちた。




「す、すいません!」



初めて聞く、彼女の声。

落ちたのは学生鞄。チャックが開いていたのか、地面に中身が飛び出てしまった。

慌てて地面にしゃがみこむ彼女の足元には例のボクシング雑誌。

散らばった教科書を拾うのを手伝いながら、それを偶然手に取った。





「ボクシングが好きなのか?」

「え!いえ、あの・・・ちょっと興味があって・・・・・・」





雑誌と俺を交互に見ながらしどろもどろになる彼女の手に雑誌ではなく、オレンジジュースの缶を押し付ける。


「少し、落ち着け」

「え、あぁあ、あの、ありがとうございます!」


真っ赤に染まる彼女の顔に、思わず口元が緩む。

荷物を全て拾いベンチに座るよう目で促すと、彼女はこくりと頷いてさっきよりも少し近づいた場所に座った。

俺の渡した缶のプルタブを開け、頂きます、と小さな声で呟く彼女。





「あの・・・いつも・・この、」

「なんだ?」

「川沿いを走ってますよね・・?」

「ああ、」






彼女の言葉にしばし呆然とした。

知って、いたのかと、顔に熱が集まるのを感じる。

彼女の前を通り過ぎるのは本当にほんの一瞬、のはず。

それを知っていた、なんて思いもよらぬこと。





「何かの・・・・トレーニングですか?」

「ああ、ボクシングだ」

「・・・・やっぱり」




嬉しそうに、見えたのは俺の気のせいだろうか。

近くの学校からか、六時を告げるチャイムが鳴り響く。

いつもなら、一瞬通り過ぎて終わる逢瀬。

互いの視線が交差する。






このまま、別れたくないと、

思ったのは果たしてどちらだったのか。

























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書いたの忘れてWEB拍手のお礼にし損ねました・・(笑)
頂いたリクエストのJ夢はこのヒロイン設定で書いていますので
もうしばらくお待ち下さいませ。
あと1話。