「、これな」 何が、これ、なのか。 目の前にいる人はどーんと腕を組んで自信ありげに笑っている。 一方のはどうしたらいいのか、困り果てて周囲を見たがそこには誰もいなかった。 戯れ目の前に並べられたのは色形様々な衣装。 それはいわゆるコスプレ、というやつである。 浴衣、セーラー、メイド、ナース服まであるところを見ると明らかに安いアダルトものの影響だと分かる辺りが妙に生々しくて、の顔は引き攣った。 そして後悔する。何故泣く子も黙る死天王相手にどうしてあんな勝負をしてしまったのかと。 それは二時間前に遡る。 暇だ暇だと騒ぐ卍丸に付き合い、二人でセンクウの部屋にあったチェスをしていた時のこと。 元々将棋やチェスなどのボードゲームには疎かったは、卍丸にチェスのルールを教わりながらゲームを進めていた。 将棋も解らぬから、と思っていたがルールを覚えるとこれが中々面白い。 それに将棋や囲碁などよりチェスの方がオシャレな感じがして、チェスの駒を持っているだけでなんだかウキウキしてしまう。 一方の卍丸も中々ないと二人きりの機会に大層機嫌が良かった。 いや、良すぎたからきっとこんなことになったのだろうか。 「なぁ、、ルールも覚えたことだし、そろそろ本気で勝負しねぇか?」 にやにやと煙管をふかしながら、笑う卍丸。今振り返ってみれば警戒すべきだった。けれど。 「いーですよ!ステイルメイト(引き分け)なんて許さないですからね?」 覚えたてのチェス用語、ルールを覚えて浮かれていたは男の悪巧みに気付かず、あっさりとそれに頷いてしまった。 「じゃあ負けた方が勝った方の言うこと一つ聞くってのはどうだ?」 「賭けですか?いいですよ!」 「おう、じゃ、約束な。安心しろ、ハンデはやるから」 「ハンデなんかいりませんよーだ!」 正直に言おう。私はこの時調子に乗っていたのだ。 ここまでの勝負はほぼ互角で、3勝3敗。いい勝負でどちらが勝っても負けてもおかしくはなかった。 けれど教わっている私と教えている卍丸が互角なわけがない。 冷静に考えてみれば簡単なことなのに、この時の私にはそこまで考えが至らなかった。 よくよく思えば、卍丸はわざと負けていたのだ。この時の”本気”の勝負の為に。 そして勝負の結果は言うまでもなく――――――今に、到る。 「俺としては、ナースがおススメなんだが」 「色々マニアックすぎです・・・・卍丸さん」 並べられた衣装。 勝負に勝った卍丸が口にした言葉は「卍丸の用意した衣装で一日過ごすこと」 それでもまだ衣装を選ぶ権利があるだけマシなのかもしれない。 というかセーラー服って私現役女子高生なんですが。 「メイドってのもいいよなぁ。これで茶淹れに行ったら、影慶どんな面すんだろうな」 「それ、私が怒られません・・・・?」 「馬鹿野郎、男の夢だろうが。鼻血吹いても怒りゃしねぇよ」 「それはそれで嫌です・・・・」 この中でまともなのはやはり浴衣だろうか。 白に鮮やかな紫の蝶が舞っている文様は可愛らしい中にどこか色気を含んでいる。 ナースとメイドは論外だし、卍丸が用意したセーラー服は普段着ているものとは違い、やたらとスカートの丈が短い。 これにしよう、と浴衣を手に取ると卍丸は意外な顔をした。 「なんだ、、浴衣でいいのか?」 「はい・・・え、そんなに意外ですか?」 目を丸くして驚いている卍丸に、それほど意外だろうかと首を傾げる。 このラインナップからすると唯一普通に着れるものである。 が浴衣を選ぶことくらい予想出来そうなものだ。 「お前ぇ、案外考え無しだな」 「どういう意味ですか」 その言葉にむっとなって答えると、にやにやと下卑た笑みを浮かべる。 こういう顔をした卍丸は、大抵ロクなことを言わない。 「和服ってのはなぁ、一番脱がせやすいんだぜ?」 「そんなことしません!!!」 「お前ぇがするんじゃなくて、されるんだろうが」 「されもしません!!!」 やっぱりロクなことじゃなかった、と聞いた事を後悔する。 けれどそんなことを言われた後ではなんだか意識してしまう。 何しろここは男だらけの巣窟なのだ。 「じゃあどうすればいいんですか」 「ほれ、メイドにしとけ」 「うっ・・・・」 ずぃっと押し付けられるメイドの衣装。 紺のロングのワンピースに白いフリルのエプロンがあしらわれているそれは、丈の短いセーラー服やナース服に比べると上品な雰囲気だ。 さしずめアリスの服の紺色ロングバージョンといったところか。 てっきりこれもスカート丈が短いと思っていただけに、思ったよりもまともな服にまた何かあるのかとじっと卍丸を見つめる。 「これはどうしてロングスカートなんですか?」 「あ?それはなぁ、あいつら全員清楚なのが好みだからよぉ」 俺は短ェ方がいいんだけどよ、と笑う卍丸に、もしや最初からメイド服を着せるつもりだったのかと合点がいく。 丈の短い衣装を卍丸が無理やりに着せたとならば、どう考えてもひどい叱責は免れない。 けれどこれくらいのものならば、それほど怒られはしないだろう。露出もないに等しくエプロンを取ればただの地味なワンピースにすぎない。 最初からが嫌がる衣装と一緒に着せたい衣装を並べて、こちらの方がマシだと思わようとしたのだ。 最終的に選んだのがの意思ならば、影慶達もそれほど怒ることはできないだろう。 ゲームのことといい、その用意周到さに呆れてしまうやら感心するやら。 最早文句を言う気も起こらず、はメイド服を手に取った。 そろそろ休憩をしようか、そう思ったところで聞こえたノック音に影慶は顔を上げた。 邪鬼も万年筆を握っていた腕を止め、扉の方向を見つめる。 例えノックがしなくとも、声がしなくとも気配で誰がそこに居るのか分かるのだが、脅かすこともあるまいと影慶は口を開く。 「なんだ」 「です。入っても、いいですか?」 遠慮がちに聞こえた声に、邪鬼は黙って頷く。 影慶はそれを見て、静かに入れ、と口にした。 「あの・・・・開けてもらってもいいですか・・・?」 「どうした?」 の言葉に、二人は顔を見合わせた。 扉はごく普通の扉だ。別段罠が仕掛けられいるわけでもない。 訝しみながら、影慶が扉を開けて、そこにいる両手でお盆を持ったを見て―――――固まった。 紺色のワンピースに襟元には白いシャツ。フリルのエプロンと合わせたように、髪にも大きな白いリボンが揺れている。 日本ではお目にかかれないようなの姿に、影慶はなんと言っていいか、言葉を失った。 「あの、お茶をお持ちしました・・・・」 「ふむ、入れ」 影慶の代わりに邪鬼が応える。 は固まってしまった影慶に不安を抱きながら、その横を通り過ぎて邪鬼の元へ歩み寄る。 の姿を見た邪鬼は影慶と同じく動きを止めたが、そこは帝王らしく一つ咳払いをすると静かに口を開いた。 「卍丸だな?」 その推測に、さすが邪鬼というべきか、さすが卍丸というべきか。 責任の一端は自分にあるだけになんと言うべきか言葉に詰まってしまう。 「とりあえず、お茶淹れますね・・・・」 「貰おう」 持ってきた急須から湯のみにお茶を注いで目の前の邪鬼と、ようやく戻ってきた影慶に渡す。 手渡しした影慶はいつもの無表情ながらも、若干視線が右往左往している。 どうやらの姿を直視できない様子だ。 「えーと、影慶さん・・・・色々すいません」 「どうせあの馬鹿のくだらぬ企みだろう」 「まぁ・・」 曖昧に笑うの髪に結ばれた白いリボンがひらりと揺れる。 「とりあえずお前はすぐに着替えて来い。それから卍丸を――」 「影慶」 「はっ!」 「そういきり立つこともあるまい。、来い」 「わっ!」 「邪鬼様!?」 邪鬼に腕を引かれたかと思うと、身体が宙に浮いてあっという間に邪鬼の膝の上に乗せられた。 驚くと影慶を尻目に邪鬼はしげしげとを見つめ、口端を上げる。 「よく似合っておる。お前は白が似合うな」 「あ、ありがとうございます・・・・」 「影慶、男にはこの程度の悪戯受け流す技量も必要ぞ?」 「はっ!も、申し訳ありません邪鬼様」 邪鬼にそう言われては影慶とて是と言うしかない。 大きな手に髪を撫でられ戸惑うと同じく是と言いながらも困惑している影慶に邪鬼は笑う。 「あの邪鬼さん・・・・」 「、今貴様はこの邪鬼のメイドなのだろう?ならば」 低い音に鼓膜が打ち抜かれる。 「ご主人様と、呼べ」 それは絶対的な命令のような甘い囁き。 「ふぇ!?」 「聞こえなかったならもう一度言うが?」 「いいいいいいえ、結構です!ご、ご主人さま」 「くっくっくっ」 余裕たっぷりに笑う邪鬼に、これが帝王の貫録というやつだろうかと、いや、ちょっと違うかもと邪鬼を見つめる。 邪鬼の指がの髪を弄ぶ。 ご主人様とメイドの戯れは、卍丸の首根っこ掴んだ鬼の形相の羅刹と、最新式のカメラを持ったセンクウが飛び込んでくるまで続けられた。 「似合ってるぞ、!ほら、写真撮ろう!!」 「ま、卍丸貴様なんてことを・・・・!」 「鼻血出てんぞ、羅刹」 「貴様ら・・・・騒ぐな!!見るな!出て行け!」 「くっくっくっ」 |