「どうしようかな・・・・」



は悩んでいた。多分今年最後の悩みじゃないかと思う。

目の前にあるのは、最後の一枚となったカレンダーと、そこに書かれた「クリスマス」の文字。





クリスマス、それは世間に取っても女性にとっても一大イベントだ。

出来る事なら、楽しく過ごしたい。

けれど友達はみんな彼氏とすでに予定を立てている。

かくいう自分も誘いたい人は一応いるのだ。


大豪院邪鬼。

お見合いの席で知り合ったけれど、恋人ではなくあくまで友人として付き合っている人。

月に1・2回あっては他愛もない話をしたり、のお勧めのお店へ一緒に食事したりしている。

最近では部下の人たちとも仲良くなった。


だけどあくまで友達。

恋人はいないと言っていたけれど、同じような女友達がいないとも限らないし、

部下の人たちと集まったりするのかもしれない。






受話器は持ち上げては、元に戻すの繰り返し。

ああ、誰か私に勇気を下さい。










非・Romanticなクリスマス・前夜












大豪院邪鬼は電話機を宿敵を射殺さんばかりの眼光で睨んでいた。

実は邪鬼がこうして電話機を睨んでいるのは初めてじゃない。

を誘う時はいつだって、戸惑って、悩んでいるのだ。

部下をも巻き込んで帝王の恋、現在進行中。

そしてそんな帝王に訪れたクリスマスという恋の試練。

どこへ行こうか、何を食べようか、部下達がデートブックを持って右往左往しても、最初の難関である約束を取り付けられなければ話にならない。

だが彼女とて一端の社会人。

人付き合いもあれば、を狙っている他の男から既に誘われているかもしれない。

らしくない、と思いつつも恋は帝王をも不安にさせる。






「やっぱホテルで夜景ってのはかかせねぇだろ」

「いきなりホテルは警戒されるだろう、それよりこのバイキングどうだ?」

「ふむ、料理もよさそうだな。これならさんも満足されるだろう」

「お前ら・・・邪鬼様の気が散るだろう、部屋から出て行け!」





あれこれ好き勝手に意見する卍丸、センクウ、羅刹の三人を影慶が部屋から追い払う。

散らばったデート情報雑誌をひとまとめにすると、それを邪鬼の手の届く場所にあくまで自然に置き、影慶も一礼し部屋を出た。

最初は冷やかしたり、戸惑ったりとそれぞれの反応を見せていた死天王だったが、の人柄を知った今ではすっかり協力的になった。

己の為にも部下の為にもその期待に応えなければならない、とようやく受話器に手を伸ばす。




TRRRR・・・・




邪鬼が手を触れようとした瞬間、黒電話がベル音を発し、さすがの邪鬼も少々驚いた。

揺れた肩に誰の目も無くて良かったと安堵しながら、どうせ剣辺りだろうと受話器を取る。

この電話を鳴らすのはほんの一握りの限られた人間しかいない。




「大豪院」



ほとんど外部からかかってこない電話だ。それだけ言えば事足りる。

塾長ならば相手が言葉を発する前にあの大声が響くし、後輩ならば挨拶が返ってくる。

だが、反応はない。

まさかこの男塾に無言電話でもあるまい。



「・・・・おい」

すこしドスの利いた声で脅してみる。

すると、聞こえたのは予想に反した甲高い声だった。




「す、すいません、邪鬼さん、ですよね?」

か?」



邪鬼が驚いたのも無理もない。

かけようとした相手からかかってきたというだけではなく、から電話がかかってきたこと自体初めてなのだ。

誘いは男からするものだというどこで仕入れたのか分からない自負のある邪鬼は、いつも先手を取ってきた。

それがこの日に限ってからかかってきたのだから、驚かないわけがない。

もしや、彼女の身になにかあったのだろうかと、良からぬことさえ考えてしまう。




「ごめんなさい、いきなり邪鬼さんがでると思わなくて。てっきり影慶さん辺りが出るものだと思っていたのでびっくりしてしまって・・・・」

「いや、構わん。が、どうした?何かあったか?」

「いえ、・・・・あのちょっと、ええと・・・」

「なんだ」




もごもごと中々要件を言わないを根気良く待つ邪鬼。

もしこれが塾生ならば張り倒しているところが、ならば、気にもならない。

とりあえずの話が終わってから、クリスマスの誘いをしてみようと決意する。




「邪鬼さん・・その、今月の24日か25日お暇ですか?」

「む・・・」



邪鬼は声が出そうになるのをぐっと堪えた。

まさかこんな時に限って、彼女に先を越されるとは思わなかったのだ。

思わず返事をすることさえ忘れてしまう邪鬼。

受話器からはの不安そうな声が響く。




「ご、ごめんなさい・・・・その、予定ありました?」

「いや、ない。大丈夫だ」



先が越されたのは男として情けないが、も同じ気持ちだったのだと思えば素直にうれしい。

慌てて返事をすると、受話器の向こうでがほっと息をついたのがわかった。



「よかったら、いつもの邪鬼さんのお家使わせてもらえませんか?
私、お料理頑張って作りますから。ケーキの作り方も友達に習ったんです」

「そうか。ならば手配しておこう」

「ありがとうございます!頑張りますね!!」


先ほどとは一変、明るくなったの声に自然と邪鬼の頬も弛む。



「じゃあ詳しいことはまた。今日は突然電話してすいませんでした。おやすみなさい」

「ああ」



簡単な挨拶をして電話を切る。

目に入ったのは、部下が置いていったデートブック。

あれこれと買い集めてきたようだが、どうやら無駄になってしまったようだ。

けれど、どんな料理よりも景色よりも、思い出に残る夜になるに違いない。

邪鬼はそれら全てをごみ箱に放り込むと、心配しているであろう部下達の元へ向かう。

彼らは想像した通り、心あらずと言った状態で居間でそれぞれ過ごしており、邪鬼の登場に皆一様にこちらに振り返った。




「邪鬼様、如何でしたか?」


気を使ったのか、代表して影慶がかしこまった様子で問う。

「24日は別宅で過ごす」

部下に報告することに多少の照れくささを感じながらぶっきらぼうに言う。

すると何を誤解したのか部下達は揃いも揃って落胆の色を見せた。

どうやらを誘えなかったのだと誤解をさせたらしい。



「ま、まぁ我々には縁のない行事ですからな!」

「つーかそれいつもじゃねぇーか・・・」

「黙れ、卍丸!!さんもきっとお忙しいのでしょう」

「一般企業は今氷河期と言いますからな」




上から羅刹、卍丸、センクウ、影慶と次々に慰めの言葉を吐く。

邪鬼はそれに内心苦笑する。



が料理を作るそうだ。それで別宅を使いたいらしい」



ほんの少しだけ自慢げにそう言うと、部下達はバッと顔を上げた。




「そうですか!それはよかった!」

さんの手料理とは、思わぬサプライズですな」

「では早速手配致しましょう」

「で、邪鬼様、プレゼントは決めたんですかい?」




喜びの声を上げる三人だったが、最後の卍丸の言葉でその場の全員の動きが止まった。

邪鬼も目を瞬く。

プレゼント、とはつまり。



「まぁ俺達には縁のねぇことですが、女にとっちゃプレゼントってのは重要でしょうや」



ふーっと煙管の煙を吐きながら、たんたんと述べる卍丸に全員の目が邪鬼に向く。

邪鬼は視線を感じながらくるりと身体を反転させると、大急ぎで部屋へ戻り、捨てたごみ箱の中の雑誌を拾い上げるのだった。











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ファイル整理したらでてきました。2009年12月のファイルです。
多分クリスマス前日にこれをアップして、当日に本編をアップする予定だったのかと・・・(汗)