二人の関係がなんなのかと問われれば、お友達です、という他ない。 その関係に満足している。 些細なことでさえ喜びを共有出来る、それはとても得難きモノ。 けれどそのままで良いのかと問われれば、答えは否。 その先に進みたいと思うのもまた本音。 しかし、相手も同じ心持ちであるかというと、答えはまさに神のみぞ知る。 非・Romantic 後日談1はウキウキとここ最近あった出来事を邪鬼に話していた。 二人の目の前には、邪鬼の配下の一人であるセンクウが用意した香り良い紅茶と洋菓子が置かれていた。 いかにも女性が好みそうな苺ののったケーキにクッキーを頬張っているのはもっぱら一人だ。 邪鬼は話しのあいだ、あいだに菓子を摘まみながらコロコロと表情を変えるを飽くことなく見つめていた。 が今話しているのは、会社の上司がいかに理不尽かということで、身振り手振りでその時の様子を表現している。 「それでね!自分が指示したもコロっと忘れて、誰が言った!って怒鳴るんですよ!」 「愚鈍だな」 「ですよね!!はぁ〜〜転職したい・・・・いや・・・円満退社ならやっぱ寿退社ですよね〜〜」 「・・・・・・・そうか」 に他意はない。自分が言った言葉にさして意味を持たせてもいないだろう。 けれど邪鬼はその言葉にぴくりと反応する。 なぜなら邪鬼はを女として見ているのだから。 「にしてもこのお菓子、おいしいですね〜〜」 「センクウの手作りだ」 「え!?さっきの金髪お兄さんの!?」 二人がいる場所は男塾からしばし離れた邪鬼の所有する邸宅の一室であった。 そろそろ秋風の吹く頃になり、公園などで会うことが多かった二人の間にも寒風が吹くようになり邪鬼がならば、と提案したのだ。 その提案を知った死天王はそれならば俺達も、と名乗りを上げて今に至る。 ちなみにその四人は、というとお茶の用意をしたセンクウ以外はまだに直接会ってはない。 物腰の柔らかいセンクウはいいが、巨漢の羅刹、右手に毒手を持つ影慶、モヒカンの卍丸はさすがにを怖がらせるだろうというセンクウ独自の判断である。・・・・決して邪鬼に姿を見せるなと言われたわけではない。 「はぁ〜〜〜すごいですね・・・・男の人なのに」 「奴の趣味の一つだからな」 「私なんて料理全然出来ませんよー。あ、でもお握りなら得意です!」 「それは食してみたいものだな」 「ふふ!邪鬼さんの分なら思いっきり大きいお握りに鮭一切れ丸ごと入れなきゃ足らないですね」 「そうか」 「でもこんなにオイシイもの自分で作れるなんて羨ましい。いっそのこと習っちゃおうかな」 のその言葉に、反応したのは邪鬼ではなく忍者のように壁に身体をつけて話を盗み聞いていた四人の内の一人、センクウだった。 さっと身を翻し、廊下を静かに歩いて行く・・・・・と思ったら右手に紅茶のポットを持ってすぐに戻ってきた。 何をするつもりだ、と他の三人は声を出さずに見守っている。 その三人を横目にセンクウはドアを二度ノックして返事を待つ。 「入れ」 「失礼します」 邪鬼の言葉に、一礼して入ったセンクウ。ちなみに今日は頼んでもいないのに死天王全員スーツ姿である。 「紅茶のお代わりは如何ですか」 あくまで優雅に、洗練された動きで二人の前に立つ金髪の男はまるでどこぞの執事のようだ。 センクウの登場に頬を綻ばせたはお願いします、と笑って空のティーカップを差し出した。 こぽこぽと紅茶の良い香りがする中で、は静かにセンクウを見上げた。 「このお菓子、センクウさんが作ったって聞きました。すごく美味しいです」 「ありがとうございます。お気に召して光栄です」 「邪鬼さんも贅沢ですよね!こんなに美味しいお菓子がいつでも食べれるなんて」 「ふっ、男だらけですので普段は菓子などは作らないのですが・・・・よければお教えしましょうか?」 普通の女性ならば誰もが頬を染めそうな頬笑みを振りまくセンクウのその言葉はもちろん、さきほどののセリフを聞いていたからだ。 邪鬼はその言葉にしばし眉を動かす。 「わぁ!ほんとですか!?是非お願いしたいです!」 「様さえよければいつでもお呼び下さい」 「様なんてそんな・・・・普通に呼んで下さい、センクウさん」 「俺も呼び捨てで結構ですよ」 和やかに会話が進む二人、その二人の会話をはらはらと見守っているのは廊下に残った三人だ。 (どういうつもりだ、センクウは!!) (まさかあいつ・・・・邪鬼様の女に惚れたんじゃねぇだろうな) (もし邪鬼様のご気分を害するようなことがあれば・・・・誰であろうと許さん) 慌てる羅刹、面白くなってきたと笑う卍丸、毒手独特の紫の臭気を放つ影慶。 反応は三人三様だが、今は沈黙するしかない三人はそれぞれ表舞台に立つことが出来ない己を嘆く。 (別に身体が大きいというだけでおなごに嫌われると決まったわけではあるまいに) (つーか俺様の髪型にケチつけるたぁ・・・あいつもいい度胸してるじゃねぇか) (確かに俺は影の存在・・・・だがもしあの方が邪鬼様の奥方になるのならばいずれ謁見せねばならぬ) 今となってはセンクウが自分達にケチをつけたのはこの時の為だったのではないかという懸念が浮かぶ。 やっぱり今からでも挨拶に出てセンクウの邪魔をした方がいいのではないかと三人は顔を見合わせるが、誰もその提案を口にはしない。 「では来週ということでよろしいですか、様、邪鬼様」 「はい!お願いしますね!」 「好きにするがいい」 三人が慌てている間に話しはどんどんと進んでしまった。 なんとセンクウは邪鬼の目の前で約束まで取り付けてしまったらしい。 邪鬼の声質はなんとも低く、邪鬼の側近が聞けばすぐに機嫌を損ねたとわかるものだ。 「では失礼致します」 センクウが軽やかに身を翻し退室する。 その瞬間、センクウの身に三人が一斉に群がる。 (貴様!どういうつもりだ!) (おいおい、センクウさんよ・・・まさか本気か?) (センクウ・・・・邪鬼様の前であのような・・・・) 三人の強面に詰め寄られたセンクウだったが、慌てることなくやれやれとため息を吐いた。 そして部屋の中の二人に悟られぬよう小声で言う。 (何を誤解しているが知らんが、俺は料理を教える約束をしただけだ。 邪鬼様の奥方になるのだったら最低限の家事はこなしてもらわなければなるまい。 それに・・彼女自身も食べるのがよくよく好きなようだからな) くっくっくっ、と声を忍ばせて笑うセンクウ。 脳裏に浮かぶのは邪鬼がほとんど手を付けていないにも関わらず、空になった皿にティーカップ。 自分を飾ることなく楽しそうに食すその姿は、料理を作った者もそれを見ている者も同時に幸せにする。 その回答に釈然としないものの、とりあえず納得する羅刹と卍丸。 しかし影慶だけは腑に落ちないと、センクウを睨みつけた。 (本当に・・・・・それだけか?) (さてな) (何ぃ!?) (人の心など誰にも分らぬものよ。そう思わないか影慶) まるで影慶を挑発するように笑いながら、センクウは身を翻した。 後に残された三人は呆然と、あるいは憮然とその場に立ち尽くす。 一方部屋の中にはさっきと変らず話に夢中のとに気取られない程度に機嫌を損ねた帝王がいた。 今度の話は最近食べた美味しいケーキの話だったが、邪鬼はどことなくうわの空で相槌を打っている。 邪鬼の脳裏には先ほどのセンクウとの和やかな会話があった。 つくづく思う。 にあってから、意識するようになった一抹の思考。 邪鬼の根底には揺らぐことない自信がある。 絶対強者、帝王としての自信と貫録、それに見合う力と権力。 男として他に劣る者などなにも無い。 しかしそれは女の目から見た場合どうだろうかと。 男ならば絶対の力を目の前にした時、その力に魅了され屈服、あるいは敵対し抵抗する。 だが女ならばどんな力も恐怖の対象にしかならないのではなかろうかと。 己の持つ力の全てが彼女にとって畏怖すべきものならば、決して見せたくはない。 そして全てを見せられぬなら、同時にそれは愛する資格がないというべきなのかもしれない。 センクウのような男の方が彼女に相応しいのではないかと。 迷うことが許されぬ帝王に生じた、迷い。 しかしそれこそが恋の醍醐味であり、また恋に悩む者の宿命だということをまだ若き帝王は知るに至らなかった。 ちなみに取り残された三人は、その後トイレに行くと突然席を立ちドアを開けたに見つかることになった。 「びっ、びっくりした・・・・・あ、ええと邪鬼さんの部下の方、ですよね?」 「・・・・・・・・・・影慶と申します」 「羅刹と申します」 「卍丸だ。よろしくな」 畏まる二人に対して、軽く応対する卍丸。 しかしどの三人にもは別段怖がることなく、ぺこりと頭を下げた。 「初めまして、です。あ、おトイレどこですかね?」 へへっと少し恥ずかしそうに笑うの笑顔はまるで無邪気な少女のようだった。 自身を着飾ることも身構えることもしない、だからこちらもその必要がないのだと言葉にすることなく教えてくれる。 裏の世界に生きる、自分たちだからこそそれが眩しく、また愛おしささへ覚える。 なるほど、邪鬼が惹かれるのも頷ける。 「じゃ、俺が案内してやるぜ」 「お願いします」 の素直な返事に気を良くした卍丸が、彼女を先導して歩き出す。 その様子を見た影慶と羅刹はなんとしてでも邪鬼の為にを悪手から護らなければならないと固く胸に誓ったのであった。 翌日、いかにと仲良くなれたかを自慢するモヒカン頭と、ぶっちょ面の帝王の姿が見られたとか。 次はセンクウさんとお料理教室です。 |