珍しく彼は困ったように、私の身体を強引に引き寄せた。




、もうちょっと・・・・ダメか?」




もうすぐ月が空に昇りきる、限られた時間の中の逢瀬は終わるはずだったのに。









キスの前にお願い一つ












「源次?」




日が暮れて、もう街頭の灯り以外は何も見えないような公園のベンチで。

そろそろ帰らなければ、と腰を上げようとした時、強引に腕を引かれた。

その勢いにつられて、再びベンチに座らされる。





そして、さっきの言葉。





「もうちょっと・・・・ダメか?」






もうちょっと、と言っても。

彼は寮暮らしだし私も実家で暮らしている。

二人を縛る門限はもうすぐそこまで迫っている。

目の端にはまるでお膳立てされたように装飾が派手なラブホテルの看板。

なんとなく彼の考えていることがわかってしまった。



誘ってるのかしら、なんて



そんなことを冷静に考えてしまう時点で、結構私可愛くない。







「ダメか?」

「ダメってことは・・・・ないけど」






こんな風に二人でデートするようになってから一年と少し。

と言っても会えるのは月に2,3度あるかないか。

女慣れすらしていなかった彼と今付き合っているの、と聞かれたら正直返事に困ってしまう。

お互いの気持ちはよく分かってるけれど、告白らしい告白は今までにどちらもしたことがなくて。

もちろん、キスだってまだしたことがない。







あまりにぐずぐすしている私たちを急かすように、公園の時計が7時を告げるオルゴールの音を紡ぎだす。

彼の手がぎゅっと私の手を強く握って、それはまるで離さないと言わんばかりで。

合わさった手のひらから感じる汗と、ほんの少しの震えに彼の緊張が伝わってきて、

思わず、いいよ、と言ってしまった。






























そんなわけで。

まだキスもしていない二人がオドオドしながら入った感じのラブホテル。

明らかに初めてと分る二人に受付のおじさんはにこにこしながら鍵をくれた。

彼の学ランには見ないふりをして、「お兄さん頑張んな」なんて声を掛けてくる。

源次が「お、おうよ!」なんて答えて、学帽を深く被る。このお調子者!




「一人だけ顔隠して、ずるい」



そう言えば、



「そ、そうか・・・・」



なんて言って、私の頭に古びた学帽を被せてくれる。

これが彼にとってどんなに大切なものか知っているから、すごく嬉しい。

頬が赤くなる、まだなにもしていないのに泣きそうになる。

そんな顔を自分の頭には少し大きい学帽で隠して、


お兄さん、私なんかがこんなことに使ってごめんなさい、


心の中でそっと謝った。













彼の手の中で鍵がシャリシャリと音を立てる。

鍵についているナンバープレートの部屋は赤黒い壁に大きな白い布団が敷かれたベットが一つ。

お金が無くて一番安い部屋だったけど、天井のライトがピンクじゃないだけマシだったかも。

隣を見れば彼も同じような事を考えていたらしく、二人で目を合わせて笑う。







「な、!すげぇぜ、この布団、ふかふかだぜ!!」

「ほんと!あ〜〜おっきぃ!!」





緊張をほぐすようにわざと大声で二人してごろんとベットの上で寝転がる。

私は学帽を被ったまま仰向けに寝転がった彼のお腹の上に頭を乗っけた。





「なぁ

「うん?なぁに?」

「せっ、接吻しても・・・・いいか?」

「ぶっ!!ぶぶっ・・!!」

「な、っんだよ!!笑うところじゃねぇだろ!!」






紅く染まった顔を彼に見せないよう学帽を手で押さえながら、上下する彼のお腹の上で声を出して笑う。

きっと彼は照れたような怒ったよう顔で私を見つめてる。

それが、とても幸せだと、そう感じた。







「べ、別にそれ以外は何もしやしねぇよ!せ、接吻だけだ!!」

「うん、分かってるけど、ふふっ」

「なんで笑うだよ!!」

「こういう時はキスしていいか?って聞くの!今時、接吻って!!」

「わ、悪かったなぁ!」






がばっと起き上がった彼のお腹に乗っていた私は、そのままゴロンと布団の上に転がされた。

上から覆いかぶさる影にはいつもの学帽が無い。

私の頭の上にもなくて、きっとベットの下に転がってしまった。

けれどそれを眼で追う余裕すら今の二人にはなくて、




彼が真剣な顔で私の顔の両側に手を付いて、

彼の顔はとても真剣でけれど私はやっぱり笑ってしまっていて、

それはきっと私が彼のことを大好きだからで、






「ねぇ、源次、一つ、お願いしていい?」

「な、なんだよ




二人の顔はあと数センチってところまで近づいている。

不安そうに揺れる瞳に、たまらずその鍛えられた首に腕を回して、










「ずっと居てね、一緒に」

「おう!!」









大きな声で返された返事はきっと10年後も変わらないはず。

そんな確信を持って、迫ってくる唇に、私は目を閉じた。




















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後書き
3名ほどからお声頂きました、富樫です。お友達カップルみたいな感じで。
正直あまり書かないタイプのキャラなので苦戦しました。ど、どうでしょうか・・・?
個人的にはダンディな暁・天より〜の大人富樫が好きなのでそっちにしようかと思った
んですが、決まって暁・子世代の夢を書くとほっとんど反応がないので、やっぱり暁までは
読んでいないのかしら、と思い止めました。いつかアダルティ富樫で挑戦したいですが。
やっぱ暁や天より〜は、女の子には色々キツイですものね(下●タが)