帰りたい。

ふと、そんな事を考えて眠れなくなった。

こんな風になるまで考えたことなかった。

当たり前のように傍にいた、家族や友達。




会いたい。


















水面に咲く花














深夜12時過ぎ、はどうしても眠れずに布団から這出た。

窓の外には大きな月が出てるせいか夜なのにまぶしく感じる。

就寝時間をとうに過ぎている寮内は当然ながら静まり返っている。

まるで自分以外誰一人として存在しないかのように、何も感じることが出来ない。

その感覚にぞっとして、居てもたってもいられなくなった。








忍び足で出来るだけ足音を立てないように、ドアを開く。

多分そんなことは無駄だろう。

あの人たちは音と言わずに気配で、誰がどこにいるかわかってしまうから。

そう、きっと見つけてくれる。













やっぱり、というべきか後ろから声が掛かる。

いつもの学ランではなく、ランニング姿のラフなスタイルの影慶。





「影慶さん・・・・」

「どうした?眠れないのか」

「・・・・すいません」

「どこへ行くつもりだったんだ」

「少し散歩を」




そう言うと、やはり影慶は渋い顔をしてため息をついた。

そして少し待っていろ、と言われる。

どうしたらいいか分からずただ頷くと、影慶は自室に姿を消した。





「その格好では風邪を引く」


影慶が戻ってきた時、手に持っていたのは大きなシャツだった。

そのシャツがの肩に掛けられ、大きなシャツが身体をすっぽりと覆ってしまう。



「あの・・・?」

「散歩をするんだろう」





そう言って、影慶がの手を引いて歩き出す。

指と指が、静かに絡み合う。

その温もりはさっきまでを覆っていた不安と寒気を取り除いてくれるようだった。

その暖かさが、もっと欲しいと思う。

けれどその気持ちは伝わることなく、目的地に着いた瞬間離れていく大きな手。




二人が来たのはセンクウが手入れしている小さな庭。

様々な花が咲き乱れ、香り豊かに見ている者を誘う。

夜の風に吹かれ、月明かりに照らされた花々に影慶が並んで手招きをする。




「綺麗・・・・」

「よく手入れされているからな」





影慶の言った通り、一見無秩序に見える花達が色分けされて行儀良く並んでいる。

まるでどこかの植物園に紛れ込んだような美しさに息を呑む。





「夜の花がこんなに綺麗なんて思いませんでした」

「気に入ったか」

「はい」

「ではもっといいものを見せてやろう」





そう言うと、影慶がポケットから何かを取り出した。

そして庭の端にあった池にそれを放り込む。

楕円形の池にも睡蓮の花が咲いており、生き物は棲んでいないようだった。




「水面を見ていろ」

「はい・・・・・あっ!!」




綺麗に透き通った水の底に沈んだ球体から、七色の光か飛び出してくる。

それが水に溶けて螺旋状に広がっていく。

かと思えばまるで流星群のようにあちこちに散らばっていく。

水面がゆらゆれと反射し、屈折した光が花とと影慶の顔を照らす。





「綺麗・・・これは?」

「水花火だ。昔もらったものだが、使う機会がなくてな。
男同士で見てもつまらんしな」



笑いながらの肩を抱く。

影慶はの意を察するかのように、何度も無骨な手で背中を撫でた。

たくましい胸板に引き寄せられ、、独特の汗の匂いに身体が覆われる。








「はい」

「今度は本物の花火を見に行こう。無論、皆で」

「影慶さん・・・それは・・・」








それは、例えが元の世界に戻れなくても、ここに居てもいいのだと、

影慶は、目で、そう語っていた。









「ありがとうございます、影慶さん」

「眠れそうか?」

「はい」










水の中で飛び跳ねる光達が、二人を明るく照らしている。

無数の光の中で影慶はの額に触れるだけの口付けを落とした。






「え、いけいさん!?」

「良い夢を、







どんなことがあっても護る







そう呟いて影慶は、再び水の中を見つめた。










例え本当の花火を一緒に見ることが叶わなくても、

例え離れ離れになってしまったとしても、









例え本当の花火が一緒に見れたとしても、

この世界に共に在り続けることが出来たとしても、










「お前が笑っていることが俺達にとって一番大切だ」







それだけは決して変わらない真実。



「また眠れなくなったら俺を呼べ。一人で出歩くんじゃない」

「はい、じゃあ今夜は添い寝してくれますか?」

「! そ、それはいくらなんでも――・・・!!」

「お休みなさい、影慶さん」

!?」







は思い切り背伸びをして、慌てる影慶の首に手を回した。

そして頬に唇を落とす。

赤く染まった顔を包帯に覆われた手で隠した影慶に、飛び切りの笑顔で、






「冗談です」








と笑った。











元の世界に戻ることが出来なくなったとしても、

この世界に戻ることが出来なくなったとしても、



もう眠れない夜が来ることはないだろう。









心は繋がっているのだから。



優しい人がいることを、知っているから。
















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アンケート第一位、影慶の花火ネタです。あ、水花火は存在しません。
陽炎ヒロインですが、時期などは深く考えないで下さい(笑)
このあときっと抜け駆け疑惑でみんなに責められる。