元男塾総代、及び現防衛庁長官は一人悩んでいた。

どうすればこの難問の答えが出るのかと。






望みはほんの、些細なことなのだ。











影慶さん家の家庭の事情 革命の日スペシャル














大豪院邪鬼は悩んだ末、ある人物に相談することを思い立った。

山積みの書類の隙間から有能な秘書の名を呼ぶ。







「おい、影慶」

「如何しました、邪鬼様」

「剣の今日の予定を確認してくれまいか。どうしても奴の意見を聞かねばならん案件がある」

「!・・・畏まりました。早急に」

「ふむ、頼んだぞ」








名を呼ばれた影慶は緊張した面持ちで懐から携帯電話を取り出した。

防衛庁長官である邪鬼が、総理である剣と相談しなければならないとなると、重要機密に違いない。

仕事用の携帯の中から剣の秘書の番号に電話を掛ける。











「邪鬼様」

「ふむ」

「今夜は予定が詰まっていて時間が取れないとのことです。
ですので、食事の予定時間に一緒に夕飯を食べながらどうか、との剣からの提案だそうですが」

「ふっ、さすが日本一忙しい男よ。それで構わんと伝えろ」

「はっ」





影慶が再び電話を始めたのを確認し、今日の書類に目を通す。

この件に比べればどれも判を押せば済むようなものばかりだ。

朝から減らないため息と共に、邪鬼は日が暮れるまでひたすら判を押し続けた。


















ようやく山積みの書類を片付けた後、邪鬼は影慶の車であるホテルに来ていた。

剣が今夜要人との謁見でここのホテルを使っているとのことだ。

剣の移動の手間を省くために、影慶はこのホテルのレストランの個室を既に予約していた。








「影慶よ」

「はっ」

「剣との話し合いは人払いをして貰う。悪いが二人きりにしてくれ」

「はっ、では外でお待ちしますか」

「いや、今日はもういい。が待っているだろう、帰ってやれ」

「しかし・・・・」

「影慶」

「畏まりました」





影慶はホテルの前に車を止めると、助手席のドアを開けて邪鬼を見送った。

その後ろ姿を見ながら今日の書類の中にそれほど重要な案件があったかと考える。

邪鬼が目を通さなければならない書類がどうかを選別しているのは秘書である影慶だ。

影慶や副官達で処理できる仕事ならば、その場で部下達が処理することにしている。

でなければとても邪鬼の身一人では処理出来ない仕事量だ。

全ての書類に目を通したはずだが、何か自分に見落としがあっただろうかと影慶はしばしその場を動けなかった。











邪鬼はホテルマンの案内で、レストランの個室に着いていた。

最上階からの眺めは最高で、大きな窓ガラスの中央に東京タワーが鎮座している。

席に着くなり、ソムリエが持ってきたワインがグラスに注がれる。





「それは?」

「剣様より先にお客様がお見えになった場合お出しするようにと言付かっております」

「ふっ、洒落たことをする」





ワインの香りを楽しんでから、ゆっくりとグラスを口元に運ぶ。

ソムリエが退室したのと同時に見慣れた人影が姿を現した。





「そのワイン、この前の来日の時にJが土産にくれたんですよ。」

「ふっ、そうか。中々美味い」

「お久しぶりですね、邪鬼先輩」

「先週会ったばかりだろう」

「仕事ではよく会いますが、こうして話することは出来ないでしょう。
今日は久しぶりに先輩と酒を飲めると思って、この後の予定を終わらせてきたんですよ」

「それで遅れたのか。気を使わせたな」




邪鬼の向かいの席に座った剣は上着を脱ぎ、ネクタイを引き抜いた。

邪鬼も既にネクタイを解いている。

料理が運ばれてきたのと同時に、二人はワイングラスを重ねた。







「ところで、先輩。話ってのはなんですか」

「ふむ・・・・それがだな・・・・」

「珍しく歯切れが悪いですね。何かありましたか」



国交問題か、それとも軍か、と剣が聞くと邪鬼はどれも首を横に振った。




「実はのことなのだ」

?もしかして影慶先輩とこのちゃんですか?」

「ふむ、剣は確か面識があったな?」

「ええ、一年前くらいに一度。確か獅子丸と同じくらいでしたか?」

「今年で四歳になる。そうか、貴様の息子と同い年だったな」

「ふふっ、仲間内で評判ですよ、死天王と帝王が猫可愛がりしてるって」




さも面白そうに料理を口に含みながら剣が笑う。

人の悪い笑みを浮かべる後輩に、邪鬼はワインを一気に飲み干す。






「で、そのちゃんがどうしたんです?」

「・・・・剣、俺はな・・・・に”おとうさま”と呼んで欲しいのだ」

「おとうさま、ですか。それはまた面白いことを言いますね」

「ふむ。それぐらいは可愛い」




そう断言する邪鬼に、剣は大笑いしたいのを必死に堪えながらしばし考えた。

邪鬼の気持ちは父親である剣にはよく分かる。

そもそも煌鬼はどうしたのか、という疑問は置いておいて、あの死天王をも夢中にさせるのことだ。

邪鬼がそう思うのも無理はない。







「じゃあ、こういうのはどうです」

「なんだ?」

「子供っていうのは、アレが出来るんですよ」

「なんだ?」

「それは――――・・・・」














次の日の夜、邪鬼に昨日の剣との話の内容を聞けないまま一日が過ぎてしまった影慶は、ため息と共に帰宅した。

と、家の中が騒がしい。

玄関の靴を見れば、見慣れた大きなサイズが一つ、これはどう考えても先ほどまで一緒にいた上司のものだ。





「お帰りなさいませご主人様」

「ただいま、誰か来ているのか?」

「ええ、大豪院様がいらっしゃっています。今お嬢様と一緒に」

「そうか・・・・食事は?」

「お二人ともご主人様をお待ちしていました。すぐに用意致します」







そう言って家政婦が台所に走っていく。

どうやら邪鬼の訪問は、突然だったらしく家の中が慌しい。

急いで居間に行くと、寛いだ様子で邪鬼がを膝の上に乗せていた。






「邪鬼様・・・あの・・・?」

「おお、影慶。帰ったか」

「おとーさま!おかりなさい!!」

「ああ、ただいま。いい子にしてたか?」




抱きついてきた可愛い娘を片手で抱き上げる。

邪鬼はどうやら上機嫌らしくその様子を笑顔で見ていた。



「あのね、ね、邪鬼オトウサマと一緒に遊んでたの!」

「そうか、それはよかっ・・・・・?」

「それでね、さっきね、」

「ちょ、ちょっと待て、。今なんて言った?」



慌てる影慶には首を傾げる。




「んとね、邪鬼オトウサマと一緒にね・・・・」

「ま、待て待て。どうして邪鬼様が”おとうさま”なんだ?」

「えっと、おとうさまのいちばんなかがいいひとのことをオトウサマってよぶっておしえてもらったの!」

邪鬼様・・・・これは一体・・・・

「ふっ、何をそんなにムキになっている影慶。遅かれ早かれそう呼ばれることになるのだ、別によかろう」

「なっ、それとこれとは別でしょう!!」

「きちんとお父様と義父様の区別はつけているぞ、なぁ

「おとうさまとオトウサマ!ねー、邪鬼オトウサマ」

「ねー、

邪鬼様ぁああああ!!!!







この時ほど影慶は邪鬼の部下であることを後悔したことはない。













(邪鬼先輩、うまくいったかな・・・・刷り込み)











そして今回の影の首謀者が実は一国の総理であることに影慶が気付くのはまだ当分先の話である。


















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このシリーズが生まれるきっかけの”おとうさま”ネタです。
ひとまずこのシリーズはこれにて終了です。
どうもありがとうございましたー。