言葉など滑稽で、けれど肌の温もりだけでは伝えきれないこの想いを、

お前はきっと笑うのだろう。


あの、いつもの笑顔で。































日が、落ちる。

ゆっくりとゆっくりと太陽が傾き、やがて見えなくなる。

その時を待ち望んでいたはずなのに、いざとなれば緊張で指先が震える。

寄り添ってくる身体を、その長い髪を、頬を、

赤子を撫でるように優しく触れる。あくまで、やさしく。







、本当にいいのか」

「何、今更言ってるの。」




ふふっ、と女の艶やかな声が鼓膜に響く。

既に闇が下りて、二人を照らすのは陽炎のように揺らめく蝋燭のみ。





「お嫁さんにしてくれるんでしょう?」

「ああ、ずっと一緒だ。この拳に誓って」

「嬉しい、羅刹」




の腕が羅刹の首に絡まった。

それを合図に、口付けが始まる。静かに、激しく。

互いの内側まで貪るように、何もかも奪い合う、奪い合いたい。




待ち望んでいた逢瀬の時。

互いに惹かれ合いこの時を待っていたずっとずっと。

岩をも砕くこの腕で抱きしめて、潰さないように壊さないように。




「ら・・・・せつ・・・っ」




互いの吐息すら奪い合うような激しい口付けに苦しげなの声が耳に突き刺さる。

疼く下肢を懸命に抑え、頬に、首に、鎖骨に、舌を滑らす。

強く肌を吸い上げる度に、恥ずかしそうに身を竦めるの姿に昔のことをふと思い出した。




「昔は怒ってばかりだったのにな」

「・・・えっ・・・?」

「俺はお前に怒られてばかりだった。嫌われているとさえ思っていたぞ」





羅刹とは、鞏家の師の元で知り合った。

はそこに出入りしていた武器屋の娘だったのだが、顔を合わせる度に羅刹は何かとに怒鳴られていた。

内容は服が汚いやら怪我をするな、など些細なことだ。




突然出た昔話には顔を赤らめた。

まだ昔話を続けようとする羅刹の口を、ちいさな手のひらで塞ぐ。

ちくりと手のひらにささる髭がくすぐったいのを我慢して、は羅刹を睨み付けた。

そんな顔すら可愛いと言ったら怒られるだろうかと思いながら、羅刹はの手を掴む。




「そう、そんな顔だったな。どうしていつもそんな風に怒ってたんだ?」

「違うの・・・・それは・・・・」

「なんだ?」

「恥ずかしかったの!だから・・・・照れ隠し!!」





そう言ってが羅刹の口を塞ぐ。

突然の口付けに驚きながらも、それに応えるように舌を絡める。

夕日のように真っ赤なの顔を間近で見つめながら、羅刹は笑みを隠そうとはしなかった。



「それは・・・あの頃から俺のことを好きでいてくれたということか?」

「・・・・・知らない」

、俺はずっとお前に嫌われていると思っていたんだぞ。思いを告げるのにどれほど悩んだかわからん」

「だって、」

「こんなことならばもっと早く言えば良かったな」




心地良いこの髪を撫でることが癖になっているほど二人は長い時を過ごしてきた。

思いを告げたあの日のことを、羅刹は忘れることはないだろう。




「羅刹だって、」

「・・・なんだ?」

「私のこと避けていたことがあったでしょう?」




自分だけ責められるのは納得がいかないというようには羅刹を見上げた。

その言葉に今度は羅刹が顔を背ける。




「それは・・・・あれだ・・・」

「なぁに?」





嫌われていると思っていたから。

ならばせめてこれ以上彼女を不快にさせないよう、これ以上嫌われないようにと。

なによりこれ以上好きになってはいけないと思った。

積み重なる想いはいつ爆発するか分からず、その想いを制御出来るかどうかも分からなかったから。





「・・・・・・昔のことなどいいだろう」

「あ、ずるい!先に言いだしたのは羅刹でしょう」

「昔よりもこれからだ」

「わっ!!」







の身体を片手で掬うように抱き上げ、布団の上に押し倒した。

途端にの頬が朱に染まる。今度は夕日よりも赤く赤く。




「愛してる・・・」

「私も」





好きだと何度呟いたか分からない。

愛していると何度叫んだかさえ定かでない。

その想いの全てをこの拳に託して生きることを、

お前は笑って許してくれた。










この腕の中の存在だけが世界の全て














「で、なんで私を避けてたの?」

「・・・・・・勘弁してくれ」







羅刹が真実を白状させられるまであと5分。













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一応もしもシリーズ初夜・羅刹編。
本当最近羅刹が好き過ぎて好き過ぎて。
ヘタレなイメージを持っているのは私だけですか?どうですか。