「初めましてです」






そう言ってペコリと頭を下げた小さな生き物に、片方は笑顔を見せ、片方は困惑した様子で目線を逸らした。


父親はいい子にしてるんだぞ、と少女の頭を撫でて出て行った。

ここは元男塾筆頭・赤石剛次の家である。

どうしてこうなったのか、ということは家主が誰よりも知りたいところだろう。















影慶さん家の家庭の事情2













「おい、J」

「押忍」

「てめぇ、今休暇中だったな」

「押忍、夏季休暇中であります」

「剣達に呼ばれたっつってたな」

「そのはずですが」







アメリカで海軍を預かっているJは久々の休暇に桃達と飲む約束になっていた。

その為自家用ヘリを飛ばして待ち合わせ場所になっていた赤石邸を訪れたのである。

連絡を受けた時には疑問にも思わなかったが、確かに今考えればおかしい。

先輩である赤石邸を待ち合わせ場所になど指定するだろうか?

そしてJが訪れた矢先、現れた一組の親子。

父親の方はJも赤石もよく知る人物であったが、問題は子供だ。



「剣から赤石があずかってくれると聞いているが」

「お、オス!(はめられた・・・)」




先輩である男にそう言われれば赤石が頷くしかないことを、あの同輩は予測していたのだろう。

しかしなんの目的があってこんなことをするのか分からない。

しかもアメリカにいたJまでわざわざ呼び出して、だ。

影慶は完全なる善人の第三者だろうから、彼を利用して何かを企んでいるのか。



(これはなんの趣向だ・・・・・?)




「J、とにかく入れ。影慶のガキを連れて来い」

「押忍」




恐らくは同様に困惑している赤石にそう言われ、Jはそっと少女を抱き上げた。

にこり、と笑いかけてくる少女につられて微笑む。





「おい、十蔵!こっち来い」



赤石の声が廊下に響いた。聞きなれぬ名にJは首を傾げる。

なんだよ、と小さな声が聞こえ廊下に顔を出したのは、少女より少し年上に見える少年だった。




「てめぇは初めてだったな。息子の十蔵だ」

「お、押忍」

「んだよ、親父、そのガキ」

「俺の先輩の娘だ。苛めるんじゃねぇぞ、女を泣かせるような真似はすんじゃねぇ」

「け、俺の好みじゃねぇよ」



なんだか論点が少しずれている親子の会話に驚きながらも、もぞもぞと腕の中で動いている少女を下に下ろした。

同じ目線に立った二人の子供はしばしお互いをじっと見つめている。

やがてはほんの少しはにかんだような笑顔でこんにちは、と十蔵に微笑みかけた。



です、よろしくおねがいします」

「十蔵だ・・・・ちっ、しょうがねぇ遊んでやるよ」

「ありがとう」



の笑顔を見た瞬間、十蔵に何が起こったかは想像するに難くない。

の手を掴み、颯爽と居間へ走っていく十蔵の後ろ姿を二人の大人が見つめる。

好みじゃないんじゃなかったのか、というツッコミをするような性格の二人ではないが、なんとなくお互いの考えていることが分かって珍しくも二人して、苦笑してしまった。





「生意気なガキだろう」

「いえ・・・・」

「ふっ、今更遠慮することねぇ。は十蔵に任せて俺達は一杯やるか」

「そうですね」



思えば赤石と個人的な話をしたことはほとんどなかった。

死天王や邪鬼よりも更に近寄り難い雰囲気を持っていた赤石は当時に比べれば随分と柔らかくなったように思う。

塾時代この男の笑い顔など見たことがなかったが、もしかしたら自分が知らなかっただけなのかもしれない。

思ったものとは違ったが、それでも久しぶりの休日を楽しく過ごせそうだとしばし子供達のことを忘れ、Jは赤石の杯を受けた。








時間が過ぎるのは速いもので日が暮れた頃、仕事帰りの影慶が顔を出した。

畳の上に転がる酒瓶とその数に比例して今だ飲み続ける二人に影慶は苦笑する。




「全く・・・・昼からずっと飲んでいたのか?」

「ふっ、赤石先輩がお強いもので」

「影慶先輩も、もう仕事は終わったんでしょう」



一杯どうです、と赤石は影慶に杯を押し付け酒を注いだ。

キツイ日本酒の匂いが影慶の鼻をつく。

のことを気にかけながらも、久しぶりの同志達との酒の席に胸が騒いだ。

一気に杯を開ければ、次から次へと注がれる酒に悪い気はせずしばしその場は静かに盛り上がる。

と、そこに小さな足音が聞こえ三人は顔を上げた。


「おい、親父!!」

「あん?」



静かな男たちの酒宴の場に飛び込んできたのは小さな影。

部屋の中を見渡すと影慶の元へずかずかと胸を張ってやってくる。






「ああ、これが赤石の息子か」

「押忍、おい十蔵なんだてめぇは?」

「お前の親父だな?」

「ああ、そうだが・・・・今日は遊んでくれたんだってな」





十蔵の睨みを気にすることなく、影慶は十蔵の頭を撫でた。

一瞬、影慶の手を振り払うのではないかとヒヤりとした赤石だったが息子にその様子はない。

自分が触るのも嫌がる息子なのに、珍しいこともあるものだと思っていると十蔵はおもむろに口を開いた。





「おれ、を嫁にもらってやってもいいぞ」

「なに?」

「WHAT?」

「ぁあ?」

は俺の嫁だ!決めたからな!!」

「な、なに言ってるんだ!?」




驚きに言葉を失う影慶と絶句する赤石。

Jは所詮他人事だからか、冷静に事の成り行きを見ていたがどうやら十蔵はに一目惚れしてしまったらしい。

しかし子供の無知というのは恐ろしいものだと、Jは思う。

なぜなら自分にはこの後の惨劇が容易に想像出来るからだ。







「赤石・・・・」

「お、押忍・・・・」

「少し話があるのだが・・・・・」







ただならぬ妖気を漂わせ、がっしりと赤石の肩を掴んだ影慶はかすかに毒手の包帯を解きかけていたことを、

Jは今でも覚えている。

その後しばらく影慶は誰にも娘を預けなくなったという。













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十蔵落ち。そんな馬鹿な