副長から斉藤組長の元へ伝令に向かうように命じられた。 預かった書を懐にいれ、副長に一礼をして部屋を出る。 途中すれ違った幹部達に、に渡してくれと、様々なものを預かった。 薬、髪紐、甘味とそれら全てを風呂敷に包めば、まるで子供の使いのようだ。 「戻って来い、って伝えてくれよ!」 わざわざ見送りまでしてくれた藤堂の声が耳に残る。 そんなこと、俺の口から言えるはずがない。 投げつけられた言葉に頷かず、俺は屯所を飛び出した。 淡い絆が消えゆく前に萩屋を潜伏場所として使うのはこれで数度目だ。 何度か顔を合わせたことのある使用人に声をかけ、山崎は裏口から邸の中に入った。 裏口から見事な造りの庭を突っ切れば、斉藤の借りている部屋のすぐ脇に出る。 吹く風は少し冷たく、季節の移り変わりを教えてくれる。 目まぐるしい情勢の中、年月を数える暇もなくがむしゃらに生きてきた山崎には色の変わりかけた葉の名前すら分からなかった。 庭師に計算されて植えられた木々の間から、斉藤の気配を見つけ山崎は足を進めた。 だが、声をかけることは出来なかった。 目にした光景に、身体が固まる。 「・・・・・伝令か?」 斉藤の鋭い声に、瞬間身を引いた。 言葉とは裏腹にまるで敵を発見したと言わんばかりの殺気が向けられる。 それが何故かなど、この場で問うほど山崎も無粋ではない。 「失礼しました・・・・・斉藤組長」 茂みの中から姿を現すと、彼女の強張った表情が目に入った。 斉藤の鋭い眼光は早くこの場から去れ、と主張しているようで山崎は風呂敷を持った手をきつく握りしめた。 けれどここで斉藤と対峙するわけにはいかない。 あくまで任務で此処にいるのだから。 そして彼と対峙する資格など、己にはありはしないのだと奥歯を噛みしめる。 「副長から伝令を預かってきました。それと・・・・藤堂さん達から差し入れです」 手の中にあるものを差し出す。 斉藤は受け取った書状を懐に入れ、風呂包みをに手渡した。 「・・・・・では、俺はこれで」 二人の姿を避けるように一礼する。 来た道を戻るように身体の向きを変える。太陽が傾きかけ少々冷え込んできたようだ。 「待て、山崎君」 「・・・・・・・・・・何か」 まさか呼び止められるとは思わず、山崎は身体に緊張が走るのを感じた。 身ぶるいしたのは寒さのせいだけではない。 先ほどとは比べ物にならないほどの殺気を感じ、思わず山崎は身構えた。 「に、言うことはないのか」 「・・・・・・・・・は」 「言うべきことはないのか、と聞いている」 斉藤の左手は剣を握っていた。 答えに窮している山崎に斉藤は居合の構えを取る。 咄嗟に山崎は背から隠し刀を抜いて構える。 が震えた声で斉藤の名を呼んだ。 「斉藤さん!」 「、下がっていろ」 「だ、駄目です。どうして山崎さんに刀を向けるんですか・・・!」 「こいつは俺に言った。・・・・・を護ると。だがその結果がこれだ」 斉藤は視線を足元に向けた。つられて下を見ると、そこには土に汚れた簪が転がっていた。 今度こそ、斉藤の刀が抜かれ山崎に向けられる。 「・・・・・・斬る」 「斉藤組長・・・・これは私闘だと俺は判断します」 「構わない・・・・お前はを泣かせた」 「それは、――――くっ!!」 キィインと金属音がし、二つの刃が合わさる音がした。 居合と得意とする斉藤の動きは素早い。しかし山崎とて隠密、速さでは引け取らない。 だが競り合いを続ける内に山崎が徐々に押され始める。 刀の差が出たのだ。 斉藤の愛刀国重作の鬼神丸に対し、山崎が用いたのは所詮隠し刀に過ぎない。 このままでは確実に山崎の刀は折られるだろう。 だがクナイや暗器を使うわけにはいかない。 もしこれで斉藤が傷つけばどうあっても、土方に報告しなければならなくなる。 私闘を禁じた新選組でこの戦いが露見すれば、斉藤は切腹を免れなくなる。 なんとしても、それだけは避けなければならない。 「斉藤組長、刀を引いて下さい」 「否!」 山崎の思いとは裏腹に、斉藤は容赦なく攻め続ける。 まるで新選組の、己の今後を一切考慮しないとでもいうように。 斉藤の新選組への忠誠心は他の幹部と比べても群を抜く。 それをこうも簡単に捨て去るほどに、彼女を、を愛しているというのか。 ガギっと鈍い音がして、山崎の刀が無残に折られた。 弾き飛ばされた刃先が宙を舞い、地面に突き刺さる。 それはまるで己が手折った、あの簪のようだ。 膝をついた山崎の眼前に、斉藤の刀が突きつけられる。 「申し開きがあるか」 「・・・・・・・・いいえ、」 沈黙の後、山崎は静かに首を振った。 まさかこんな私闘で命を落とすことになるとは思わなかった。 己の死に場所は血生臭い戦場とばかり考えていた。 それが、まさか女が原因で仲間と対峙することになろうとは、予想だにしなかった。 けれど、悪くはない。 それが君の為であるならば。 ――――――この先、君が笑う為に俺の死が必要ならば。 ああ、なんてことだ。 いつの間にか、俺は、こんなにも、君を、 斉藤の刀が、山崎の首目掛けて大きく振られた。 の悲鳴に、山崎は目を閉じた。 これが君を泣かせた罰ならば贖おう。 「君、愛している―――――」 風切り音と共に山崎の身体は地に落ちた。 |