彼女は泣いているだろうか、 きっと泣いている。 もう、あの笑顔は俺に向けられない。 翌朝から山崎は長期任務に出て、約一か月ほど屯所を開けた。 任務の最中、の泣き顔がちらついたが、それを振り払うように山崎は己の職務を全うした。 これは些事だ。 己にとっても、彼女にとっても。 一時の痛みが彼女を苛むかもしれないが、それはすぐに癒される。 そしてまた幹部や隊士たちのにあの笑顔を振りまいていることだろう。 山崎はそう、自分に言い聞かせた。 先延ばしにしてきた報い一か月ぶりに京に戻った山崎は、屯所内がいつもと比べ静かなことに首を傾げた。 人がいないわけではない。だがその割にはどこか覇気がない。 確かにここ最近、新撰組を取り巻く情勢は日に日に過酷なものとなっている。 だがそれらのこととは関係がないような気がして、その違和感に山崎は眉を顰めた。 今日は土方と近藤が留守で任務報告は後日改めて、ということになっている。 自分がいない間に屯所内で何かあったんだろか。 幹部に聞いてみればわかるだろうか、と山崎は道場に足を進めた。 そこには藤堂と原田が居た。だが二人ともやはり覇気がない。 やる気がないわけではないだろうか、表情は二人とも暗い。 「あれ、蒸君・・・・戻ってたんだ」 藤堂が原田との打ち合いを止め、こちらを見た。 「先ほど戻りました」 「お疲れさん」 「原田組長・・・俺がいない間、屯所内で何かありましたか」 疑問をそのまま口にすると、二人は顔を見合わせため息をついた。 どうやら何かあったのは間違いないらしい。 「なんか、あったっつーかなぁ・・・・・」 「何があったか分からねぇから凹んでんだよなぁ・・・・・」 「・・・・どういう意味です」 長州・薩摩勢に動きがあったのか、 そう問えば彼らは否と答えた。ならば一体なんだというのか。 「がさ・・・・・」 拗ねたように、藤堂が下を向く。 「ちゃん、出て行っちまったんだよ」 原田が言った言葉を、山崎は一瞬理解出来なかった。 彼女が此処を出るなど在り得ないことだ。だって、彼女は、 「・・・・・それも、一君と一緒に」 山崎が帰還してから一日で集めた情報の中にはいくつか感情的なものもあった。 それはが新撰組にとって捕虜以外の意味を持っていることを示している。 「君、ひどく落ち込んでいた時期があってね、そんな時慰めたのか斉藤君だったみたいだよ」 娘を嫁にやった父親のように、寂しそうに言ったのは井上さんだった。 「土方副長も、反対はしませんでした。彼女が屯所にいる理由はもう、ありませんでしたからね」 当初感情的になってそれを止めた原田・永倉・藤堂とは違い、島田はそれに真っ先に賛成したらしい。 それが彼女の幸せの為だ、と三人を説得したのは島田だったそうだ。 「斉藤は今、任務で萩屋に潜伏中だ。はそこにいるはずだぜ・・・・まぁ、でも今更会いに行ってもなぁ・・・・」 あいつはもう斉藤のモンだ、と気落ちしたように永倉さんは頭を掻いた。 皆一様に、表情が暗く元気がなくなったを斉藤が慰めたと口を揃えたが、何故彼女の様子が変わったかについては分からないとのことだった。 ただそれは丁度ひと月前のことだそうだ。 話を聞いている途中、山崎は血の気が失せていくのを感じた。 ひと月前、自惚れかもしれないが己が原因ではないだろうか。 そしてそれが斉藤とを結びつけるきっかけになったとしたら、 これは喜ぶべきことだ。 頭ではそう理解している。 だが感情が悲鳴をあげている。 何故、あんな馬鹿な真似をしたのかと。 彼女の幸せと俺の幸せは決して同義ではない。 己は影の存在、陽の下で生きる彼女との道は決して交わらぬ。 そんなことは嫌になるほどわかっている。 だが、 心が叫んでいる。 他の男に奪われるくらいならいっそ、 傷つけてでも、彼女の意思に反してでも、 己の懐に入れていつまでも護り続けるべきだったと。 |