京の都が騒々しい。

もうすぐ祇園祭なのだから無理もない。

この時期は商人や見物客に紛れ、長州勢や薩摩勢が京に上がり、また浮浪志士が騒ぎを起こしやすい。

見廻り組も強化され、隊士は皆忙しなく動いていた。








指先一本のふれあい













忙しい最中、やっとのことで暇が出た原田と永倉は、その場にいた隊士を引き連れ久々に花街に繰り出していた。

酒を飲むだけでも、気分が晴れる。明るい声の中には、無理やり誘われた山崎と島田もいた。




「・・・・・・疲れた」

「まぁまぁ、いいじゃないですか、やっぱり高いお酒は美味しいですし」



監察方でありながら、二番隊伍長を務める島田は永倉との酒の席にも慣れている。

酒自体には強い山崎だが、馬鹿騒ぎはあまり好きではなかった。

見ているだけならいいのだが、巻き込まれるのは御免だ。

こういう時、斉藤の存在が心底有難いと思うのだが、生憎今日は夜番で不在だった。




「やはり浮いてるな」

「そりゃあ、祭ですからね。最も我々は無縁でしょうが」

「・・・・・・そうだな」




そう言いながら、山崎は華やかな町並みを見る。

江戸から来た彼女はきっと、祇園祭は初めてだろう。

美しく着飾ることも許されないならせめて、祭を見せてあげたいと思う。

もっともそれは自分以外の誰かがするだろう。彼女に好意を寄せている者はいくらでもいる。



ふと目についたのは、鮮やかな装飾品を並べた夜店だった。

これくらいなら許されるだろうか。

小さな簪(かんざし)。紅い玉が一つだけついている見目は地味なものだった。






「・・・・君にですか?」


山崎と一緒に足を止めた島田が興味深そうに山崎の手に取った簪を見た。

出た言葉はさすがに年長者というべきか、決してからかったり、冷やかしたりするものではない。

だからか、山崎は素直に思っていることを口にした。



「どう、だろうか。彼女は浴衣を着ることも許されないだろうから」

「いいんじゃないでしょうか。これならばいつも着ている着物にも似合いますよ」

「では、これを」





土産物だからか、店主が簡単に包んでくれる。

それを懐に入れると、二人はまた暗闇の中を歩きだした。

先頭の原田や永倉は、二人が立ち止まったことにさえ気づいていない。





「他の方には内緒にしておきましょう。きっとうるさいでしょうから」

「助かります」




「おーい、島田ぁ!山崎!置いてっちまうぞ!」

「今行きます!」



永倉の声に島田が小走りで闇を掛けた。

山崎も続いて走る。彼女にどうやって渡そうか、そればかりを考えながら。






















それから数日、任務に出ることが多かった山崎は、中々機会に恵まれずにいた。

とにかく間が悪い。が居ても、周囲にはいつも幹部の誰かしらが傍にいる。

監視とも護衛とも言える彼女の見張りの時間帯や人選の中に監察方の山崎は元々入っていない。

今まで話す機会があった時は、大抵から話しかけてきた時だ。

自分から行動することがこんなにも勇気がいることなのだということを山崎は身を持って知った。

だからと言って、彼女から話しかけてくれるのを待つというのもなんとも男として情けない。

どうしようかと思案していると、バタバタと原田が走ってくるのが見えた。







「おーい、山崎、今暇か!?」

「いえ、これから探索に出ますが」

「ちょっと悪いけどよ、半刻だけあいつ見ててくれねぇか。ちと野暮用でよ、すぐ戻るから」


あいつとは言うまでもなくのことだろう。今日は原田が彼女の見張り役らしい。これは、渡りに船というやつだ。

探索に出る時間は特に決まってないからと、二つ返事で引き受ける。

原田は片手に手にした新撰組の羽織を羽織ると颯爽と出て行った。










「・・・・・行くか」

せっかく得た機会だ。無駄にすることはない。

一度部屋に戻り、簪の包みを手に取るとの部屋に向かう。

声をかけると、すぐに返事が帰ってくる。







「山崎だ。邪魔していいだろうか」

「はい!今開けます」




どこか窮した声に、山崎は首を捻った。

するすると静かに開けられたの手には、原田の着物が握られていた。

どうやら原田の着物の繕い物をしていたようだ。




「すいません、今ちょっと手が塞がってまして」

「そうか、忙しいなら後にするが」

「いえ!大丈夫です。入って下さい」






そう言われ、山崎は初めて一人での部屋に入った。

女性らしいものが何一つない殺風景な部屋の中、小さな手鏡だけが文机の上に伏せられている。





「これは、君の私物か?」

「いえ、土方さんに頂いたんです。ないと不便だろうって」

「そうか。・・・・・あの人らしいな」




誰よりも隊士や周囲の人間のことを考えている土方らしい気遣い。

に気づかれないようにその手鏡の横にそっと包みを置く。





「ところで山崎さんはどうしたんですか?」

「いや、原田さんに君を見ていてくれと頼まれただけだ」

「そういえば、原田さん隊士の方に呼ばれて出ていっちゃいましたけど・・・」

「すぐ戻ってくるそうだ。君は君のすべきことをしていればいい」






手元の着物に目をやれば、は納得したように頷いた。

それからしばらくは、互いに静かな時間が続く。

山崎は壁に寄りかかり縫い物をしていると反対の壁側に座り、静かに目を閉じた。




の息遣いだけが、聞こえる。それは想像以上に優しい時間。











やがて沈黙を破り、騒がしい音が聞こえ、障子の間から原田の顔が覗いた。



「悪かったな、山崎!もう行っていいからよ」

「そちらは平気なんですか」

「おう。ちょいと表で揉め事があってよ、大したことじゃねぇんだ」

「そうですか。では、俺はこれで」

「あ、山崎さん、」




その時、ふいにが山崎の袖を引こうとした。

その動きに気づいた山崎が腕を動かした時、の人差し指が山崎の手のひらに触れる。





「あ、ご、ごめんなさい」

「いや・・・・。もう、行く」







二人に軽く会釈をし、今度こそ任務に出る為に軽く気合を入れる。

あの簪に気づいた君がどんな顔をするのか見れないのが残念だけど、きっとその方がいい。








微かに触れた指が、どうしてあんなにも熱かったのか、その理由を知りたくはないから。

知っては、いけないだろうから。