朝方、騒がしい屯所内に、山崎は首を傾げた。 どうやら声の主は原田と永倉のようだ。 抑え込んだ言葉「何事です」 何やら言い合いをしている二人を面白そうに見ている沖田に山崎は声を掛けた。 ちなみに土方と近藤は不在で、斉藤は我関せず、藤堂は二人の間に仲裁に入っている。 「さぁ?なんだか永倉さんがちゃんを泣かせたとかなんとか。事と次第によっては僕も黙ってるつもりないんだけどね?」 「永倉さんが君を?それは、一体・・・・」 山崎は眉を顰めた。 山崎の記憶には、昨日の笑顔がまだ残っている。 「どうやら、永倉さんには心当たりがないらしい」 そこに斉藤が寄ってきた。 話題が話題だけに放っておけないのだろう。 見れば、仲裁に入っていたはずの藤堂もいつの間にか、原田と一緒に永倉を責めている。 「心当たりがないのに女の子泣かせるっていうのも罪だよねぇ」 「・・・・・土方さんと近藤さんがいなくて正解だったな」 「どうやって収拾するんです」 とりあえず口を挟む気がないらしい二人は結論が出るまでは傍観するつもりらしい。 周囲を見回しても、の姿はない。 彼女の部屋に行ってみようかと思い、振り返ると入口に井上が立っていた。 「おはようございます、井上さん」 「おはよう、山崎君。君が朝食いらないって言ってたんだけど、・・・・これはなんの騒ぎだい?」 井上のその言葉に、言い争っていて三人と、傍観していた二人、そして山崎の動きがぴたりと止まった。 「ほらぁ!!やっぱり新八さんのせいじゃないかぁ!!!」 「新八、いつまでもシラ切れると思ってんなよ!」 「永倉さん・・・・知ってると思うけど、僕そんなに気が長い方じゃないんだ。さっさと思い出してよ」 「・・・・・・・・・同感だ。何を、した」 「まてまてまて!!!だからほんとにわからねぇって!!」 ぶんぶんと頭を横に振る永倉を見て、井上は首を傾げる。 「どうしたんだい、皆?昨日、君も金平糖もらった時までは元気だったんだけどねぇ」 井上の言葉に山崎も頷く。と、永倉が目を見開いた。 「ああ、もしかしてそれか!?」 思い出したと言わんばかりに叫ぶ永倉にみんなの視線が集中する。 「思い出したか、新八!!」 「それってなんだよ、新八さん!!」 「いや、いやーーー、あのよ、が部屋に置いていった菓子をよ、腹が減ってて食っちまって・・・・ でもよ!そのあとちゃんと謝ったぜ!?だって許してくれたしよ!」 「他にはなんかないわけ?永倉さん?」 沖田が殺気の籠った瞳で永倉を見据える。 山崎も、まさか金平糖ごときで泣くとは思えず、黙って永倉を見据えた。 他の幹部ももっと他に原因があるのでは、と永倉を責める中、井上は一人大仰にため息をついた。 「それは・・・・・まずかったねぇ」 その発言に、皆が井上を見る。 どうやら井上一人が、金平糖が原因だと考えているようだった。 「源さん、何か心当たりでもあるのかい?」 原田が永倉の首根っこを掴みながら言う。 井上さんはちらりと山崎を見た後、永倉に向かい合った。 「あれはね、君にとっては、ただの菓子じゃなかったんだよ」 「じゃあ・・・なんでぇ?菓子は菓子だろ」 永倉は井上に対し、首を傾げて問いかける。 「あれはね、ある人から貰ったものなんだよ。君は菓子云々よりその人の好意が嬉しくかったんだろうよ。実際嬉しいって言ってたしね。 大切に食べようと、取っておいたんだろう。それを・・・・・」 「永倉さんがその好意ごとぱくりと食べちゃった、と」 そこで初めて得心したというように沖田が大袈裟に首を振って見せた。 「のことだから・・・・きっと面と向かって文句も言えなかったんだろうな」 ぽつりと藤堂も呟く。原田がきつく永倉の胸倉を掴み上げた。 「やっぱり新八のせいじゃねぇか!!食っていいもんと悪いもんの区別もつかねぇのか!」 「そ、そんなこと菓子見ただけじゃ分かるわけねぇだろ!」 「・・・・・・では、己の行動に対し謝罪すべきことは何もないと?」 斉藤が険しい表情で口を挟んだ。ガチャっと鍔鳴りがしたのは気のせいではないだろう。 その殺気に押され永倉がぶんぶんと首を横に振る。 「それよりも僕はお菓子あげたその人物、ていうのも気になるけどね・・・・」 何気ないその発言に、皆が一斉に周囲を見回し、お前か、違う、と言い出す。 山崎は、一つ、溜息を吐いて、永倉に歩み寄った。 「永倉さん、金下さい」 「は?な、何言いだすんだ??」 「井上さん、彼女を誘って蕎麦でも食ってこようかと思うんですが、よろしいでしょうか」 「ああ、行っといで。君も喜ぶだろう。永倉君、潔く出しなさい」 「え?ええ???ど、どういうことだよ!?」 二人の会話で原田も気づいたのか、山崎を見た。 「はぁ・・・・・そういうことか。おい、新八、いいから出せよ。あとで説明してやるから」 「え、お、おう・・・」 渋々と言った感じで、永倉が財布からいくらか出す。 それを受け取り、山崎は幹部に一礼すると、の部屋に向かった。 の部屋の前は幹部の部屋に近いせいか静まり返っていた。 朝を告げる鶏の鳴き声が時折響いているいつも通りの朝。 少しばかり心の臓の鼓動が速いのを感じながら、山崎は声を出した。 「君、いるか」 「・・・・は、はい!?」 よほど驚いたのか、弾いたような高い声を出して、が顔を出した。 どうやら機嫌が悪かっただけで、体調は問題がないらしい。 ならば腹も減っているだろう、と山崎は切り出す。 「屯所で飯を食いたくないらしいな。ならば、蕎麦でも食いに行かないか」 「え、えと、、、えと・・・」 そんなに自分が誘うのは珍しいことなのだろうか、ぐるぐると百面相をするを眺めながら、その表情の可愛らしさに口元が緩む。 「甘い物がよければ、そちらでもいいが」 「いえ、いえ、あの・・・行きます!!」 「そうか。永倉さんの奢りだから遠慮は無用だ」 「え?どうして?あ、私、ちょっと着替えてきますので!!」 「ああ、じゃあ外で待ってる」 障子の向こうに消えた彼女を微笑ましく思いながら、玄関へ向かうとそこには朝食をすませた斉藤がいた。 「答えは出たか?」 その言葉に斉藤との中庭での会話を思い出す。 「ええ、・・・・・俺も、護ります」 そう言うと、斉藤はふっと笑った。山崎もつられて笑う。 しばらくすると、いつもの軽い足音が聞こえ、が走り寄ってきた。 「山崎さん!お待たせしました!」 「では、行こう」 「斉藤さん、行ってきます!」 「ああ・・・・・行ってこい」 横に並ぶ笑顔を見ながら、山崎は、この気持ちのなんたるかを己に問う。 ふわふわと、やわらかな日差しのような温かな気持ち、それは彼女の笑顔と同じような。 まだ、この気持ちを言葉にすることは出来ないだろう。いや、きっとすべきではない。 それでも、自分は、 彼女を、護ろうと誓った。 |