別に他意があるわけじゃない。 ただの気まぐれだ、そう言いきかす。 ああ、結局は自分だって懐柔されているのだ。 もしもこの日常が壊れたらそれを見つけたのは偶然だった。 長州勢の動きを探るために立ち寄った茶屋でたまたま目に入ったのだ。 色取り取りの小さな粒は山崎から見ても色鮮やかだ。 金平糖、砂糖が高級品ゆえ、砂糖菓子もまた値が貼るのだが、目の前にあるそれは相場の半分程度の値でしかなかった。 「主人、随分と値が安いようだが」 「へい、それはうちの修業中の倅が作ったもんで、形も色もほら、売りものにしちゃあ、ちょいと見目が悪いでございましょう」 「それでこの値か」 「砂糖もあまりいいもんは使わせてねぇんで。けど安い安いと町人や旅人なんかにゃこっちばっかり人気があるんでございますよ」 人の良さそうな主人がそう言って頭を掻いた。 確かに金平糖ならば味はさほど変わりがない。気になるのは見た目だけだ。 けれどあまり甘い物を食さない山崎には目の前の粒が他のものとどう違うのか分からない。 「俺も、一袋もらおう」 「こりゃまいったなぁ!へい、毎度あり」 主人から受け取った包みを受け取って、屯所への帰り道を急ぐ。 一種の衝動買いのような形で購入したそれを、さてどうしようかと山崎は思案した。 屯所の門を潜るとすぐに、明るい声が山崎を迎えた。 「お帰りなさい!山崎さん」 「おお、おかえり、山崎君。御苦労だったね」 と井上が縁側に座って話をしているようだった。 懐の袋がかしゃりと音を立てる。 男だらけの屯所で砂糖菓子の行き着く末など決まっている、そう主張しているようだった。 「君、」 「はい?なんでしょう」 「土産だ」 すっと小袋を差し出すと、少し慌ててがそれを受け取る。 「井上さん、副長は」 「道場じゃないかな」 「では、失礼します」 踵を返して道場へ急ぐ。 頬が、少し熱いような気がした。 山崎から小袋を受け取ったは、しばしその袋を見つめていた。 あまり言葉を交わす機会がない山崎から、お土産と渡された袋からは甘い匂いがする。 「何もらったんだい、君」 「ええと、あ!金平糖だ!!」 「ほう!そりゃ山崎君も奮発したねぇ」 屯所に身を寄せてからは、菓子などあまり口にすることがない。 まさか食べたいなんて言えるはずもなく、時々何かの拍子に口にすることぐらいだ。 なにより、お世辞にも仲良くなれたとは言えない山崎から貰えたことがとても嬉しかった。 「えへへ、嬉しいなぁ」 「良かったね」 「はい!」 今少しだけ食べようか、と思っていると、藤堂の呼ぶ声が聞こえた。 二人して振り返ると、手招きをしている藤堂の姿が目に入る。 「おーい!井上さん、副長が呼んでるぜ!も来いってさ」 「はいよ、」 「私もですか、すぐ行きます!井上さん先行ってて下さい。これ、部屋置いてきますから」 「誰かに見つかったら、食べられちゃうからね」 笑いながら、井上がの頭をぽんぽんと撫でる。 その言葉に笑いながら、は部屋に戻った。 「―――――と、あれ?」 「よう、部屋借りてるぜ」 部屋の中には永倉が寝転がっていた。 大きな身体を伸ばし、頭には座布団。完全に寝るつもりのようだ。 「ど、どうしたんです?」 「いやぁ、俺の部屋の周囲煩くてよぉ、今日夜番なんだわ、それまで寝かせてくれ」 「いいですよ、私ちょっと土方さんに呼ばれてますので」 「おう、留守は預かっといてやるぜ」 永倉の足を跨ぎ、文机の上に小袋を置く。 まさか永倉も勝手に人の部屋のものを食べたりはしないだろう。 その考えが、甘かったのだ。 「・・・・・・・・あれ?」 部屋から戻ったは真っ先に文机の上を確認した。 「な、ない・・・・・・」 無かった。 跡形もなく。 袋の紐すら畳の上に落ちてはいなかった。 心当たりは、一つしかない。 「な、永倉さん!!!」 丁度夜番の見回りから帰ってきた二番隊の声が聞こえて、玄関の方に走る。 そこには多少疲れた様子なものの、全員無事に帰ってきた様子が見て取れた。 「おう、、帰ったぜ」 「お、お帰りなさい」 「はぁー、疲れたぜ。さっさと寝るとするかな」 ごきごきと首を回す永倉に、は少し、迷う。 命を賭けて戦っている人間に、世話になっている人間が金平糖一つでとやかく言えるはずがない。 それくらいは分かっている。けれど・・・・ 「あ、あの・・・・私の部屋にあったお菓子、食べましたか?」 聞かずにはいられなかった。 「おお、あれか。食ったぜ。丁度甘いもん欲しくてよ、また買ってやるからよ、勘弁してくれや」 「いえ、なら、いいんです・・・・・・・お休みなさい」 震えそうになる声を必死で押さえながら、頭を下げる。 永倉は何も気づかないようで、おう、と手を上げて、隊士らを引き連れて奥の部屋へ去って行った。 一人残されたは自分が泣いていることに気づく。 別に金平糖がそれほど食べたかったわけじゃない。 嬉しかった。 ただ嬉しかったのだ。 まるで、存在を認めてもらえたようで。 土産だ、と渡された手が温かくて、 きっと自分は、 あの菓子が包まれた紐や包みも彼がくれた好意と共に大切にとっておくつもりだった。 明日にはきちんとお礼を言って、もっともっと仲良くなれたらいいな、そんなことを考えていた。 それなのに・・・・・ だからと言って永倉を責めることなんて出来るはずもない。 しゃがみこんで、ぐすぐすと鼻をならす。 「永倉さんのばかぁ・・・・・」 そう呟くと、何処からか足音が聞こえた。 「新八?新八がなんかしたのか?」 慌てて顔を上げると、そこには険しい顔をした原田がいた。 |