久し振りに過ごすのんびりとした時間に、山崎は暇を持て余していた。 二か月ぶりに帰った京の街でも、山崎には新撰組の面々以外に待つ人もいない。 だが暇だと呟きでもしたら、永倉辺りに花街に誘われるのは目に見えている。 あまり女性の相手を得手としない山崎は、ああいった場所が苦手だ。 以前、永倉と原田に無理やり連れて行かれた時のことを思い出しながら、ふと頭に浮かんだのはのことだった。 こんなご時世でなかったら、さぞかし周囲に愛されたことだろう。 あの笑顔も気遣いも、きっと真正面から受け取ることができたはずだ。 それが出来ない自分を苦々しく思いながら、その考えを振り切るように愛用の得物・長巻を持って、道場へ向かった。 惑いと共存する想い道場では打ち合いの掛け声が響いていた。 顔を覗かせると、藤堂と斉藤の姿が見えた。どうやら今日は三番隊と八番隊の合同訓練のようだ。 山崎に気づいた藤堂が、おおい、と声を上げた。 「あれぇ!?どうしたんだよ、烝君。今日は休みなんじゃなかったの?」 「少々身体を動かそうかと思いまして」 「素直に休んでおけばいいのに。真面目だなぁ」 「監察方は潜伏していることの方が多い。身体が鈍ることもあるだろう」 斉藤が山崎と藤堂の横に並んだ。手には木刀が握られている。 「俺でよければ相手をしよう」 「では、お願いします」 「おお、じゃ、俺は烝君応援しようっと。はどっち応援する?」 そう言って藤堂が振り返る。 そこで初めて山崎はその場にが居たことを知った。 「ええと、どっちも頑張ってください!」 「ああ」 の言葉に、少しだけ口端を上げて返事をした斉藤に山崎は眼を見開いた。 この人も、なのか・・・・・ まさか斉藤まで彼女に気を許しているとは、思わなかった。 沖田はどうなんだろう、こうなると彼の反応も気になるところだ。 「では行くぞ」 「お願い致します」 斉藤の声で慌てて棒術の構えを取る。 汗臭い道場には似合わない鈴のような声が、斉藤と自分の名を呼ぶ。 あれで本当に女だということを隠しているつもりなのだろうか。 斉藤と打ち合いながらも目の端に映る、桜色の着物の色が気に掛った。 「ありがとうございました」 斉藤との打ち合いは山崎が長巻を弾かれたことで決着となった。 得物を拾い、斉藤に向かって一礼すると思案したように斉藤が口を開く。 「何か、気にかかることでもあるか」 その言葉に己の心の内を見抜かれたような居心地の悪さを感じた。 「場所を変えよう」 斉藤は目配りをし、歩きだした。山崎に続くように促す。 それに迷う暇もなく、藤堂に武器を預けて、斉藤の後に続いた。 斉藤は他の幹部とは違い、監察方の仕事をすることが多い。 新撰組に忠誠を誓い、己の感情よりも任務を優先する斉藤は間者として動くのに最も適している。 剣の腕もさることながら、感情を表に出さない冷静さは他には得難い。 山崎や島田と共に任務に着くことも多く、言葉少ないながらも親交を深める機会も多かった。 「・・・・・それで?」 中庭に佇み静かに問うその姿は、苛立っているわけでも怒っているわけでもない。 寡黙ゆえ誤解されやすいが、本来面倒見のいい男なのだ。 彼になら、この言いようのない気持ちを、吐露してもいいかもしれない。 山崎は静かに目を閉じた。 「彼女の、ことなんですが・・・・・」 「か」 「ええ」 この場で”彼女”と形容出来るのは一人しかいない。 斉藤は静かに山崎の言葉を待っている。 「俺はまだほとんど彼女のことを知りません。彼女は幹部達の監視下にある身だと聞きました それなのに・・・・・」 何故、ああも無邪気に振舞えるのだろうか。 父親を探し一人京の都へ辿り着き、羅刹の陰惨な光景を目撃し、新撰組に身を置いている。 表向きは父親探しの手掛かりになるからと言っているが、実際は彼女が羅刹の秘密を表に出さないように監視されているに他ならない。 それは彼女も気付いているはずだ。 それなのに・・・・ 「随分と、ここに馴染んでいるように感じました。皆が気が許してるようにも」 「あれは間者などではない」 「・・・斉藤さんや副長がそう言うのは分かります。しかしだからと言って此処にはふさわしくない」 「彼女を此処に置くことは既に決定事項だ」 「しかし・・・・!!」 「山崎君はのことが心配なんだな」 斉藤の言葉に、山崎は一瞬呼吸を止めた。 心配・・・・? 「おれは、そんなこと」 「そうか?俺にはそう聞こえるが」 「俺は――――・・・・」 「心配なのだろう?此処に身を寄せてあの笑顔が曇るのが」 「・・・・・・・」 「俺は護ると決めた。あの笑顔を。他の皆も同様だろう」 「俺、は・・・・」 「己で決めることだ。と話してみるといい」 そう言って斉藤は中庭を静かに歩いて行った。 風が彼の後を追いかけて、そこには山崎一人が残される。 斉藤との会話で山崎の中にあった焦燥感の形が見えた気がした。 彼女が間者なのではないかと疑っていたのではなく、 ただ純粋に微笑む彼女を護りきれるのかという不安が、彼女の存在自体を否定しようとしたのだ。 彼女の笑顔を真正面から受け止められなかったのは、彼女の存在を肯定する勇気が、 護るという覚悟がなかったからだ。だから、目を逸らそうとした。 「山崎さん!」 斉藤が消えた道から今度はが駆け寄ってきた。 あまりの間の良さに、少々たじろぐ。 覚悟は出来ただろうか。 「どうかしたのか、君」 「いえ、斉藤さんに山崎さんが呼んでいると言われたので」 「・・・・・・・そうか。いや、・・・・昨日の握り飯の礼をまだ言ってなかったと思って」 「ああ!いえ、そんな」 「美味かった。ありがとう」 「お、お粗末様でした」 「君さえよければまた作ってくれないか」 微かな願いを込めて、言った言葉に陽だまりのような笑顔が返ってくる。 それは予想していた通りの、 「はい!喜んで」 覚悟は、決まった。 |