と初めて会った時、心底面倒だと思った。

これから先の戦いにおいて足手まといでしかない少女。

いくら探し人の手掛かりとはいえ、攻める戦いをする為には、護る、という行為は不要なだけだ。

そんな考えが頭を過ぎり、そんな考え方をした自分に嫌気が差した。

弱き者を護る、本来 武とはその為にあるはずなのに、

いつの間にかそんなことすら忘れてしまうほど、殺伐とした毎日に神経をすり減らす日々。




弱き者を忌む己のなんと愚かなことか。








僕と彼女の一定距離













新撰組副長土方歳三に才を買われ、諸士調役兼監察として長州藩士や尊攘過激派の探索をしている山崎には安穏とした日々は無縁だった。

様々な場所、あるいは戦地に潜り込み、情報を探る、その行為には常に危険が付きまとう。

間者働きも多い為、幹部や隊士のように表向きに録や報奨が貰えるわけではない。

それでも山崎は己にしか出来ない役割だということを自覚し、島田や川島らと共に日々情報収集に遁走していた。














「そうか、御苦労だったな、山崎君」

「いえ、それではこれで失礼します」

「ああ、明日くらいは暇を取れよ、長期任務の後だ。ゆっくり休んでくれ」

「ありがとうございます」









長州の動きを探り、約二か月ほど大阪付近に潜伏していた山崎に、土方は労いの言葉を掛けた。

他所へ出ていた監察方も皆無事に戻り、どうやら山崎が最後の報告だったらしい。

幾人もの任務報告と、今後の行く末を左右する情報の中には朗報、とは程遠いものもある。

土方はいつものように眉間に皺を寄せて、己の肩をぽんぽん、と叩いた。





「お疲れのようですね」

「まぁな。ったく嫌になっちまうぜ」

「肩、揉みましょうか」

「やっと帰ってきたお前ェにそんなことさせられるか、おい、いるか!」





土方が呼んだ名前に、山崎は少々虚を突かれた。

それは確か、探索に出る少し前に沖田らに捕まった女の名前だったはずだ。

パタパタと新撰組に似つかわしくない足音が聞こえ、やがて襖の奥からひょこりと小さな身体が覗いた。






「何か、御用でしょうか、土方さん」

「肩揉んでくれねぇか。それと茶ァ淹れてくれ。こいつの分もな」

「はい、只今―――」




が土方に元気よく返事をしたところで、彼女の視線が山崎に落ちた。

じぃっと不思議そうに見つめられ、山崎は戸惑う。

こてり、と首を横に傾げるその仕草に土方が、ああ、と呟く。







「そういや面と向かうのは初めてか。こいつは山崎烝、諸士調役兼観察方だ。
お前が総司に捕まった時はその場にいたんだけどな。すぐに任務に出ちまったから話す暇はなかったか」


土方の言葉には少し左上に視線を向け、ううんと頭を捻る。


「そういえば、お顔は拝見したことがあるような・・・・あ、ご存じかとは思いますが私、と申します」

「ま、あの状況じゃ覚えてねぇのは無理もねぇな。お前ェも自己紹介でもしたらどうだ」




土方にそう言われ、に軽く頭を下げつつ、山崎は困惑した。

一体いつの間にこの女は屯所にこれほど馴染んでしまったのだろうか。

確かに一つ一つの仕草からまるで透き通った真水のように心情が読み取れてしまう彼女に警戒という言葉を使うには値しない。

だが己が居ぬ間はたった二か月ほどだったはずだ。

そのはずなのに、もっとも警戒心の強い土方がこうも気を許してしまっているなど到底信じがたい。

土方でこれなのだから藤堂や永倉などとっくに懐柔されているのだろう。

独特の思考を持つ沖田だけは・・・・わからないが。




「山崎だ、よろしく頼む」

何を言うか困った挙句結局名前だけを名乗り、深く頭を下げるに合わせ、再び頭を下げる。




困惑する山崎をよそに、土方はに肩を揉まれ、息をついている。




「じゃあ、私、お茶淹れてきますね。あ、あと永倉さんがお腹が空いたって言うんで卵焼いたんです。良かったら土方さんも山崎さんも食べませんか?」

「おう、じゃあ頼む」

「はい!」






まるで子供のような笑顔を浮かべ、彼女は廊下をぱたぱたと走り去って行った。

その途端、くくっと土方が声を殺して笑いだす。





「副長?」

「いや、お前があんな風に窮してるのも珍しいと思ってよ」

「別に・・・・そんなことは」

「まぁよ。お前ェの言いたいことは分かるぜ?あいつを信用していいのか、ってな」

「・・・・・」

「あいつはな、本当にただの小娘なんだよ。何もできやしねぇ。羅刹の秘密さえ知ることがなきゃあ、こんな場所にいちゃいけねぇと俺に思わせるほどに、ただの小娘だ」

「しかし・・・・・」

「ま、しばらくお前ェも屯所でのんびり出来るだろ。あいつと接してりゃ分かるさ」








笑いながら話を打ち切った土方に、丁度良くの足音が聞こえる。

襖の向こうでぴたりとその足音が止まり、やがて「土方さーん」と甘い声が聞こえた






「あん?何してんだ、

「両手が塞がってて、襖が開けられません〜〜〜」

「しょうがねぇな」

「副長、俺が」




立ち上がろうとした土方を制し、山崎は襖を開けた。

盆の中には二つのお茶と卵焼き、そして行儀良く並んだ握り飯が三つ。

重たいのだろう、細い腕が一生懸命その盆を支えている。






「お?なんだ握り飯もあんのか」

「さっき斉藤さんに会って、山崎さんは帰ってきたばかりだと聞いたので、宜しかったらどうぞ」




そう言ってがお茶と卵焼きを二人に配膳し、握り飯の皿だけを山崎の前に置いた。



「なんだ、俺には飯はなしか」

「土方さんはさっきお夕飯一緒に食べたじゃないですか!」

「ま、にしちゃあ気が利いてんじゃねぇか」

「というわけで遠慮なく食べて下さいね、山崎さん!」





新撰組に属する者にはまるで縁のない無邪気な笑顔を見せる彼女に、山崎は咄嗟に視線を逸らす。




「・・・・頂きます」



口に頬張った握り飯はまだほんのりと温かい。それはまるで彼女そのものかのように。

それでもまだ山崎はの好意を素直に受け取れずにいた。





それが、今の彼女と俺の一定距離。


























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山崎の設定は史実を元にしています。