胸に猛る怒りの中で一つだけ違う感情があることに気づいていた。

パイロンの拳が俺の胸を貫いた、瞬間、







誰にも聞こえない声で、音にならない声で、名を呼んだ。







俺の死を知ったならばお前は泣くだろうか。

それとも、怒るのだろうか。









あちらに置いてきた人












江田島平八から連絡が来たのは、剣達が日本を発ってすぐのことだった。

助っ人などに駆り出される覚えは到底無いが、興味が在った。

あの父に勝った男の息子。

平穏に退屈していたこともあったのかもしれない。







「行くの、煌鬼?」






受話器を置くと、聞いていたのかが不安そうにこちらを見上げていた。

ソファーに座っているの髪を軽く撫でると、俺の手をが取る。

俺に比べれば赤ん坊のような手を握り締めると、その手は微かに震えていた。






「どうした?」

「なんか、嫌な予感がするの」

「俺が負けるとでも思ってんのか」

「そんなことないけど・・・・でも・・・・」







そう言っては目を伏せる。

引き止められたことなど、これまで一度もなかった。

そして今も、この女は俺を引き止めはしないんだろう。

それがどれだけ無駄な行為か知っているのだ。







「お前に心配されるほど弱くねぇ」

「知ってる。帰って、くるでしょ?」

「ああ」





震えている手を、身体を、抱き上げた。

が俺の肩に顔を埋める。

泣いて、いるのか。








「うん・・・・」





無理やり顔を上げさせて、唇を重ねた。

触れるだけの口付け。の唇が、やけに冷たく感じた。






「帰ってきたら、抱いてやる」

「な、何言ってんの!!」





今まで、男と女として一度たりとも触れたことの無い身体。

が18を過ぎるまでと、唇以外の箇所には触れたことなどなかった。






「いつまでも辛気臭い顔してんじゃねぇ」

「うん・・・・」

「約束、してやるから」

「ん・・・・・」






約束など、縛られることなど大嫌いだった。

鐘の中で過ごした歳月、大豪院の掟に縛られ続けたこの身を、

それでもこの女にならば縛られても良いと思う。





約束だと、触れるだけの口付けを何度も繰り返す。

顔を上げようとしないに、言いようのない痛みが心臓部分を襲う。














その痛みは、



今胸を貫いている男の腕などよりよほど痛かった。

今まで感じたことのない、その痛みを愛するに女にだけは味わせたくない。







帰ると、

帰って、初めて、お前を抱くと、






約束をした。












段々と身体の痛みを感じなくなった。

ああ、この拳じゃもう、お前に触れられない。

目を閉じてももう、の姿は見えなかった。











ポツリと、頬に何か冷たいものが当たった気がした。