足りない、どんなに奪い尽くしても




満たされない、全てを喰い尽くすまでは








伝わらない、どれほどお前を愛しているのか枯れるまで叫んでも。















愚愛














「なぁに、煌鬼?」






名を呼べば、にこやかに振り返る。

けれどそれは剣だろうと赤石だろうと同じ事で。

その笑顔が癪に障ると言えば、きっと理解されないだろう、この胸の痛みすら。



嫉妬など一人よがりの感情を惚れた相手に押し付けるなど、手前勝手も甚だしい。

けれど誰にでも振りまく笑顔ならば、いっそ奪って閉じ込めてしまえと誰かが囁く。

例え二度と笑顔を見ることなくとも、泣き顔すらきっと美しいのだろうこの女は。

涙だろうが、怒声だろうか、きっとこの女のどんな表情にでも自分は欲情するのだろう。







「今日のメシはなんだ」

「んとね、サバの味噌煮」





男塾一号生食堂の料理婦をしているはぺらぺらと料理本を捲り、俺に見せた。

上手そうな味噌で煮られた魚の写真に、腹が虫が騒ぎ始める。

日が暮れた食堂内は薄暗く、安い裸電球の下での肌の色が白く際立って見える。

汗で首筋にへばり付いた髪を人差し指ですくってやると、くすぐったそうに身を捩った。





「煌鬼、もうちょっと待っててね」




今煮込んでるから、と笑うにああ、とだけ呟く。

そうやって首を傾げて俺を見上げる仕草。

それだけで下肢が疼く。

ここに居る連中はそんな浅ましくも愚かしい雄ばかりだということを彼女は知らない。







「どうかしたの?」






突っ立ったままの俺を不審に思ったのか、が椅子から立ち上がった。

そうして背伸びをして俺の額に手を伸ばそうとする。

どんなに頑張っても俺の口元までしか届かない指に、知らず口元が緩む。






「小せぇな」





少し、腰を屈めて手のひらが額に届くようにしてやると、満足気に「よし」とが笑った。

何が嬉しいのか満面の笑みで俺の熱を計ろうとしている。

俺が風邪なんぞ引くわけなかろうと思いつつも、その手のひらの温もりは心地良い。






「なんともないみたいだね」

「ふっ、当たり前だ」

「だって、なんか、」








いつもと雰囲気違うから、と呟くにどくん、と心臓が煩く喚き出した。

あらぬところに身体中の熱が集まり出す。

だから、お前は何も分かってない。



目の前にいる男がどんなケダモノかを、知っていればそんな顔はしないだろうに。










「なに?」

「やっぱり調子がおかしいかもしれねぇな」

「え?ほんと?どうしたの?」

「ああ、だからお前が介抱してくれるんだろう?」






うん、と頷こうとしたの腰を絡め取って、その白い首筋に噛み付く。

白い白い肌の下に浮き上がっている血管目掛けて歯を立てた。

西洋の美女の血を啜る吸血鬼のように。

怯えて声も出ないのか、ただ震えるだけのに今度こそずくん、と下肢が反応するのを感じる。








「どうやって喰らうのが一番美味いんだろうな」






の首筋の歯型にそっと親指を這わせ、顎を人差し指でぐっと持ち上げる。

雫の零れる頬に舌を這わせながら、予想通り美しい泣き顔だと愉悦に浸った。





「こぅ・・・・・き・・・・なんで・・・?」

「さぁな」







愛の言葉などいくら叫んだとて、俺の想いの全てなど伝わらないから。







ならば喰らい尽くしてくれよう、雄の本性に従って。








夜の帳が完全に落ちきった。

新月なのか、月明かりすらない夜に、怯える女が一人。

呼吸すら許さない口付けが女の自由を奪う。









どちらのものとも言えない涙が、ただ床を濡らしていた。














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彼の方に宣言した一人煌鬼祭開催。お題に挑戦。
王大人、さっさと煌鬼を生き返らせて下さいの思いを込めて(笑)