まるで妖精のようだと






そう、思った。









冬の海













真冬の寒空の下、女が一人立っていた。

ノースリーブの白のワンピース。

それはまるで映画のような。





長い髪が潮風になびく。







幾つくらいだろうか。伊佐間には分からなかった。

同世代にも関わらず、まるで十代の娘のような女を伊佐間は知っている。


白く、透き通った、まるで死人(しにびと)のような肌には思わず目を逸らしたくなる。








声を掛けてみようか。

少しばかりの好奇心が疼く。

この寒空の下、薄着でしかも裸足。

まさか自殺志願者じゃあるまいが、その可能性がないわけでもない。









「こんにちは」




少し考えた後、結局好奇心には勝てずゆっくりと近づいて話しかけてみた。

女が振り向く。

その表情は虚ろで読めない。





「この辺の方ですか?」





僕はこれで、と手に持った釣竿を少しばかり上げてみせた。

すると女は少し口の端を上げて笑った。






「釣れましたか?」






声は甲高かった。だが少女のものとは違う。

どうやら朱美と同じく年の割りに若く見えるタイプのようだ。






「ううん、それがさっぱり」






伊佐間が頭を掻いて笑うと、女もつられて笑った。







「もうすぐですよ」




そう言って海を見る。

海はこれから荒れる前兆のように厳しい風に晒され唸り声を上げていた。





「何が?」





伊佐間は問うた。

だが返事はなかった。

そしてもう一度海を見て、隣を見ると女は消えていた。







「・・・・・・・これは、化かされたかな?」








伊佐間は幽霊の類は怖くない。

そういったものを感じる事は出来ないし、例えば悪霊の類に出会ったとしても悪さをされる覚えはないからだ。

妖怪好きの知人に言わせれば、幽霊にしろ妖怪にしろ、化けて出るにはそれなりの理由があるそうである。

とりわけ日本はその傾向が強く、西洋の”じぇいそん”のように無差別に人を襲うような事は決してないそうだ。

当人に覚えは無いのに無差別に攻撃されるのならただの殺人狂だ。

それなら伊佐間だって、同じく幽霊に鈍い友人の骨董屋だって怖いに違いない。









彼女は一体何をしに現れたのか。

何か言いたいことがあったのだろうか。


















それから数日後、ある釣り人に女の幽霊が出るという話を聞いた。

その女はというそうで、理由は定かでは無いが突然いなくなったのだそうだ。

神隠しにあったのか、それとも海に流されたのか。

の言った「もうすぐですよ」の意味は伊佐間には分からなかった。

だが漠然ともう一度会いたいな、と思った。

妖怪好きの本屋に言えばきっと物好きだと笑われるだろう。






ただもう一度会って。

言葉の意味を聞いて、意味の無い世間話でも出来たらと。







伊佐間は毎年同じ時期にその海辺を訪れるようになるのだった。