「掴めないんですよねぇ」 「―――うん?」 ポツリ、呟かれた言葉に僕は首を傾げた。 見えるモノと見えないモノ「掴めないんです」 もう一度彼女がそう言った。 何がだい?と問いかけても答えは返って来ない。 ただ、宙を掴むが如く両手を広げる。 「欲しいものがあるんです」 「うん」 「でもどうしても手に入れられない」 「うん」 ただ「うん・うん」と相槌を打っても仕方ないのだが―――他に気の利いた言葉は浮かばず、結局また「うん」と頷いて見せた。 「どうしてなんでしょうねぇーーー」 女性らしい仕草で頬杖を付く彼女の髪が風に揺れる。 釣竿を持って水面を見つめる伊佐間とは違い、ただ隣に座るは手持ち無沙汰なのだろう。 いつまでも動く気配のない釣り糸に二人の会話も自然に途切れる。 「何が欲しいんだい?」 ポツリ、伊佐間が呟く。 その言葉に彼女は少し眉を寄せて首を傾げた。 聞いてはいけなかったのだろうか? 後悔してもそれを取り繕う器用さは伊佐間には無い。 「形あるものじゃないんです」 やはりポツリと呟くように彼女は言った。 「どうしても掴めない」 「それは目に見えない?」 「見えませんねぇ。だから、掴めないんでしょうか」 真っ直ぐ射抜くような目で見られて少々戸惑った。 小説家の友人程舌足らずではないが、古本屋の友人程詭弁でもない。 結局、彼女の欲しいものとはなんなのか。 それが伊佐間にはわからない。 「手を伸ばせば届く所にあるはずなんですけどね」 頬杖を付いていた彼女の腕が伸ばされる。 その手はすぐ隣の伊佐間まで後少し届く、という所で止まった。 「でも見えないから、掴めない」 悲しげに微笑み彼女の瞳が揺れる。 ほぼ無意識に伸ばされた手を取った。 彼女の手も自分の手も、潮風にさらされて冷たい。 「何が―――欲しいの?」 言葉は霞んで、巨大な海の小波に消えてしまいそうだった。 けれど彼女の耳には届いたらしく、少し困ったように笑った。 「この中にあるものが欲しいんです」 もうすぐ秋が来る―――その海の堤防には二人しかいない。 伸ばされた腕の、示す指先には伊佐間。 はその心臓部分に冷えた手のひらを押し付けた。 見えるけど見えなくて。 在るけれど、掴めないもの。 けれど、それならば。 それはとっくに君のものだよ―――――と。 伝える事が出来たのは、すっかり日が暮れた頃だった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー へタレじゃないの。優しいの。 |