一つ、世界が開かれた。













何かが始まる予感













あれから一週間後。

何故か追試の日が一緒だと判明した私と関口君は揃って中禅寺さんの特別授業を受ける事となった。

毎日放課後図書館で勉強し、閉館と共に別れる。

そして今日はその追試の日。











「終わったぁ!!」





とりあえず答えの埋まった答案用紙を提出して、机の上にうつ伏せる。

ところどころ勘に頼った所はあったけれど、それでもなんとか全部書けた。

今日は榎さん(と呼べと言われた)が追試終了祝いにお昼をご馳走してくれるらしい。

起立、礼、と号令が掛かって私はすぐに教室を駆け出した。













「あ、関口君!」


待ち合わせの商店街の前まで来ると、関口君が立っていた。

こちらに気付いて手を振ってくれる。



「やぁ、テストどうだった?」

「うん、一応出来たかな。中禅寺さんに教えて貰った所は!関口君は?」

「うーん、僕も一応出来たかな?」

「中禅寺さんと榎さんはどうしたの?」

「ああ、僕らは少し早めに着いたから中禅寺は本屋に、榎さんも何処かに行っちゃったよ。
時間だからもう戻ってくると思うけど」

「で、関口君はここで留守番させられてたんだ?」

「うん、ははっ・・」




この一週間でこの三人の人間性が大分解かってきた。

榎さんは傍若無人で自由奔放、でも決して自分勝手なわけでも我が侭な訳でもない。
人を傷つけるようなことはしないし、少なくとも女性には優しい。
どうしてあんなに人の考えている事がわかるのかは分からないけど。

中禅寺さんは寡黙なようで実は饒舌家。しかもすごく物知りで聞けば大抵の事は教えてくれる。
関口君とは寮が同室で、口では罵倒しているようでもそれは愛情の裏返しみたいなもので、結局は面倒見がいい。
妖怪にもすごく詳しいから話しててすごく面白い。ちなみにとても同い年の気がしなくて、ずっと”さん”付けで呼んでる。

そして関口君は鬱病で本当はすごく人見知り。
でもこのメンバーだと唯一普通の人っぽいから一緒にいてほのぼの出来る。






「榎さんがお昼ご馳走してくれるんだよね!楽しみ〜v」

「うん、ちゃんだけね・・・」

「え!私だけ?」

「むさ苦しい男に奢ったって楽しい事は一つもないらしいよ」

「その通りだ!猿!第一勉強を教えてやったのは僕なのに何故関タツなぞに奢らねばならない!本来ならばそっちが奢る身分だぞ」

「あんたは大したことはしてないだろう」



そう言って榎さんが天下の往来の真ん中を歩いてきた。

その後ろに呆れたように溜息を付いている中禅寺さんが立っている。





「こんにちは、榎さん!中禅寺さん!」

「さぁ面子が揃った所で行くぞ!いい加減腹が減った!僕のお薦めの食堂だ!!」

「え、榎さん・・・、もっと静かに・・・」

「何を言っている、関タツ!!さぁ、行くぞ!!」





なんだかんだ言ってじゃれ合っている榎さんに連れられながら食堂に入る。

食堂と言ってもまだ少しお昼には早いのか、人はまばらだった。





「僕はとんかつ定食だ!ここのは旨いぞ!」

「さんま定食」

「じゃあ私は・・・中禅寺さんと同じので。関口君は?」

「う、うんと・・・え〜と・・・・」

「さっさと決めたまえ、関口君」

「じゃあしょうが定食・・・・」





全員注文を終えたところで雑談が始まる。

最初は学校のことなんかを話していたけれど、榎さんの一言で話は恋愛話へと傾いた。





「ところでちゃんは好きな男はいないのか?」

「はっ?はい??」

「いきなりなんです、榎さん」

「そ、そうだよ・・・いきなりそんな・・・・」



驚いて咽てしまった私に、中禅寺さんがお茶を差し出してくれる。

それを有難く受け取って飲み干した。



「なんでもヘチマもない!僕が聞いたのだから答えればいいのだ!」

「めちゃくちゃですよ〜〜〜」

「で?いるのか、いないのか?」



ずいっと迫ってくる榎さんに頬が熱くなるのを感じる。

いつまでも経ってもこの美丈夫には慣れる事がない。

話題が話題だけに尚更だ。

なんとなく横に居る中禅寺さんを意識してしまう。




「い、いないですよ、そんなの」

「本当か!嘘じゃないな!?」

「は、はい」

「よし!ならば関タツ、帰るぞ!」

「えぇええ?え??」

「え?なんで帰っちゃうんですか?」





まるで双子のようにオロオロする私達を尻目に中禅寺さんは溜息をついて榎さんを睨んでいた。




「余計な世話だな」

「ふん、ならばさっさと言え。お前らしくもない」

「帰るならさっさと帰ったらどうです」

「今日は大人しく帰ってやる。有難く思え」

「それはどうも」

「関タツ!行くぞ!」

「えええ??」




二人で会話した後、榎さんが関口君の腕を引っ張って無理矢理外に連れ出してしまった。

最後まで何がなんだかわからなかったが、とりあえず手を振って二人を送り出す。





「あの・・・・榎さんどうして帰っちゃったんですか?」

「君が気にすることはない。あれは気まぐれでね」

「はぁ・・・でも中禅寺さんは帰らなくて大丈夫なんですか?」

「君を放ってかい?愚問だな」




チャリ、と小銭の音をさせて中禅寺さんが腰を上げた。

伝票を持って、さっさとレジへ向かってしまった。




「あの、お金は・・・」

「君の分は榎さんから頂くよ。心配しなくていい」

「で、でも・・・・」

「付き合わせたのはこちらだからな。まだ時間はあるかい?」

「あ、はい」

「なら少し付き合って貰えるかい」





食堂を出て、二人並んで歩く。

そういえば、二人きりになるのは初めて会った時以来だ。

なにも話し様子もなく、ただ目的地へ向かって歩く中禅寺さんの後を私はついていくしかなかった。

やがて川沿いの土手に辿り着く。

夕刻ということもあり、人はまばらだ。

彼の足が土手を降りたところで止まる。




「中禅寺さん?」

「口実が必要かい?」

「え?」

「追試が終わって君に会う口実がなくなった。まだ、君に会うのに理由が必要だろうか」

「中禅寺さん・・・・それは・・・・」



夕陽の逆光に彼の顔が照らされる。

川の水面に光が反射して、目に映る何もかもが真っ赤に染まっていた。





「いや・・・すまない。僕はどうにも回りくどくていけないな。
単刀直入に言おう。僕は君が好きだ。出会って間もないが――――
こんな感情は初めてで正直自分でも戸惑っている。
だが、このまま君と会わなくなってしまうのは、どうにも惜しくてね」




躊躇いがちにそう言って――――彼は私の頬に触れた。

すっと頬を撫でられて、そのまま手が肩に置かれる。






「迷惑だろうか」


自分よりも高い位置から低い声が鼓膜を侵す。

迷惑なはずがない。





「私も――――もっと中禅寺さんと会いたいです」




夕陽よりも真っ赤になりながらそう言った私に。

彼は口端を吊り上げて






「その呼び方をなんとかしないとね」





と、意地悪そうに微笑んだ。