ここへ来るとクラクラする。



長い、長い、眩暈坂。




この動悸は運動不足のせいだけじゃない。








眩暈坂











いつもいつも、私は同じ所で立ち止まる。

京極堂へ続く坂道、眩暈坂。

その坂の下でぼんやりと上を見上げて深呼吸をして。

まだ登ってもいないのに激しい動悸に胸を抑える。















貴方に逢う為に。














「こんにちは、京極堂さん」










たっぷり二十分掛けてゆっくりと歩いてきたのに動悸が激しい。

どくん、どくん、と脈打つ心臓はきっとこの後跳ね上がる。






「ああ、君か。いらっしゃい」






ほら、やっぱり。







さっきよりも格段に熱くなった体温に、頭がクラクラする。

いつも私を迎えてくれる低い声に眩暈が止まない。









「実は探している本があるんですが・・・・」

「ほう、どんな本だね」

「経済学の本です。何かいいものありますか?」

「勉強家だね君は。全く何処ぞの小説家にでも見習わせたいものだ」






手の中にある本を閉じて私を見てくれている。

それだけでもう、息が止まりそうだ。



本当はね、嘘。そんな難しい本逆立ちしたって読めない。

毎回一生懸命考える京極堂へ通う為の口実。

本当の事知られたら、きっと幻滅されちゃうな。










「それならこれはどうだい?」








私の言葉に京極堂さんが本棚から一冊の本を持ってきてくれた。

差し出されて、慌てて受け取る。

少し手が触れて顔が赤くなるのが分かる。

柄じゃない、なんて事は百も承知だけど。










「どうかしたのかい」

「いえ、別に」








慌てて触れた手を引っ込める。

するとくすり、と京極堂さんが笑った。

変に思われたかな。手渡された本を握り締める。









「ところでさん」

「あ、はい!なんですか?」

「そろそろ昼食にしようと思っていたんだが、一緒にどうだい?」

「え?」

「まぁ出前の蕎麦だがね。この後何か予定でも?」

「いえ、何もないです!じゃあ頂きます!!」










これは一体どういう状況なんだろう。

ご主人に一目惚れして京極堂に通い続けて約半年。

声を掛けれるようになるまで二ヶ月。

ナマエを呼んで貰えるようになるまで四ヶ月。

家の中に上げて貰うなんて初めてだ。










これはただの常連から少しだけランクアップしたと思っていいのかな?









心臓が早鐘を打つ。

きっともう京極堂さんに聞こえちゃってる。

火照った頬も震える身体ももう隠せない。










さん、汚い家だがまぁ上がりなさい」















――――――貴方の存在全てに眩暈がして










                                クラクラする。