合縁奇縁なんて昔の人はうまいこと言ったもんだ。












から騒ぎ













図書館を出てから、これからどうしようと思案しながらゆっくりと歩いていた。

こうして街を見ながら歩くのが好きだ。

何気ない人々の会話、飽きるほどに続く日常。その中にほんの少しだけある変わった出来事。

自分が平凡な娘だということは先刻承知。さっき会った人みたいに容姿が優れていたならば―――それなりに変わった人生があったかもしれないけれど。





「きゃ!な、何!?」





突然強い力で腕を引かれた。

生温い体温が気持ち悪くて反射的に腕を振り払う。

慌てて振り向くとそこにはさっきの学生がいた。

振り払われた腕を自分でもどうしたらいいのか解からない、という程顔を真っ赤にしてあたふたしている。




「えっと・・・なんですか?」



自分以上に脅えている彼になんだかこちらが苛めているような気がしてしまう。

言葉が届いたのかようやく顔を上げた彼は未だ真っ赤な顔で口をパクパクさせていた。




「あの・・・?」

「・・・・・・」

「さっき図書館にいましたよね?何か御用ですか?」

「!(コクコク)」





図書館に居たことを指摘するとようやく落ち着いてきたのか彼は激しく首を縦に振った。



「あ・・の・・・・中禅寺と知り合いなんですよね?」

「はい?」


たどたどしく綴られる言葉の中に中禅寺、という名を見つけて首を傾げた。

彼が中禅寺という名を口にするということはやはりもう一人の彼は中禅寺秋彦だったということだろうか。

知り合いというのがどの程度の交友関係を表すかは疑問だけど、とりあえず頷いてみる。





「じゃあ・・・あのちょっと来て・・・欲しいん・・です・・けど・・」

「はい??」

「えっと・・・榎さんが・・呼んでて・・・」

「榎さん???」





どうにも要領得ない・・・・というかこの人猿っぽい・・・・

なんかもじもじしてて可愛いかも・・・




「えっと・・・僕達の先輩で・・」

「が、君に私を連れて来いと命令した?」

「はい」

「うわぁ、当たり?じゃあ行きましょうか」




私は身体をくるりと回転させるとさっき来た道に戻った。

彼が慌てて私の後に続く。




「あの・・・」

「はい?」

「いいんですか?」

「? 何が?」

「その本当に来て貰っても・・・・」

「だって・・・私が行かないと君が苛められちゃうんでしょ?」





この時私は彼に対してかなりの親近感を持っていた。

どう見ても苛めるよりは苛められる感じだし、これならカツアゲなんかの心配もなさそうだ。

何より・・・私自身がもう一度中禅寺秋彦君に会ってみたかったから。



「そういえば・・・貴方のなまえ、聞いてないんですけど」

「え・・・関口・・巽・・・です」

「私はです。高二の17歳。関口君は?」

「僕も高二です・・」

「同い年だね。じゃあ敬語は無しにしよう」

「え・・・あ・・・うん」




自己紹介しながら歩いているとすぐに図書館に着いた。

受付を通り抜けると何故か怖い顔をした見慣れた司書さんがいて、何処かを睨んでいる。

その先には彼らがいて、私達を見るなりその一人が奇声を上げた。




「やぁやぁ来たな!!猿!偉いぞ!!ちゃんとご主人様の命令が聞けたようだな!」

「え、榎さん・・・・めちゃくちゃだよ、本当に」



「榎さん?」

いきなり捲し立てた彼が榎さんかと首を傾げて関口君を見ると「うん」と頷いた。

どうやらさっきぶつかったやたら美形の彼が例の”榎さん”らしい。

その横には少し驚いたように固まっている”彼”がいた。




「こんにちは、中禅寺さん」

「・・・ああ、本当に来たのかい君」

「・・・・・呼んだのはそちらだと思うんですが?」

「それはそうだが・・・・」



何かが喉に痞えているように、歯切れの悪い会話に首を傾げる。

と、座りたまえ!と榎さんにビシ!と指差され、とりあえず全員席に着くことになった。




「僕は榎木津礼二郎だ!何を隠そう君を呼んだのは僕だ!」

「はぁ・・・・それで・・・何か御用でしょうか?」

「中禅寺如きにこんな可愛い知り合いがいるとは知らなかったからな!是非僕も混ぜて貰おうと思ったのだ!!」

「はぁ・・・・(可愛い??)」

「榎さん・・・あんたそれじゃあただの軟派男だろう」

「だれが軟派男だ!この僕から声を掛けられるとは光栄の至りだろうが!!」

さん・・・・こういう男だが気にしなくていい。この男の我が侭に付き合せてしまって大変申し訳ない」

「ああ、いえ・・・・」



どうにもこの榎木津という人の迫力に負けてしまっている。

困ったように隣を見ると、関口君がやはり同じような顔をしていた。

二人で小さく苦笑する。





「それにちゃんにも利益はあるのだぞ!」

「なんです、それは」

「数学なら僕とこの不機嫌・不健康な男に聞けばいい!猿が引っ掛かってるのも数学だろう!そしてちゃんとの交流も深められる!まさに一石三鳥だ!」

「・・・・・・・・・・なんで私が数学やってた事知ってるんですか?」


さっき同じ机に居た時見られたのだろうか?


「それは僕はなんでもお見通しだからだ!それにしても問題が悪いな。随分と難しいじゃないか。これなら赤点取っても仕方が無い」

「は?え?なんでそんなことまで・・っていうか大きい声で・・赤点・・なんて言わないで下さい!!!」




慌てて周りを見回すと、さすがに騒がしいのか周囲には私達以外いなかった。

さっき司書さんが睨んでいたのはこの人達だと今更ながら確信する。




さん・・・重ね重ね申し訳ない。が・・・よければその問題とやらを拝見してもいいかい?」

「え?別に・・・いいですけど・・・」



とりあえず回答用紙さえ見られなければいいかなぁ、なんて思いながら鞄の中から問題を取り出す。

それを中禅寺さんに渡すと、しばらく目を通した後溜息を付いた。




「榎さんの言う通りだな・・・この問題は少々厳しすぎる」

「・・・あ、やっぱりですか?」

「これではほとんどの者が出来なかったろう」

「そうなんですよ!クラスの半分追試です」

「だろうな・・じゃあこの問題からやろうか」

「・・・・・はい?」



当たり前のようにそう言う中禅寺さんに一瞬思考が止まる。

これはもしかしてもしかしなくとも・・・



「教えてくれるんですか?」

「嫌なら構わないが」

「いえいえいえいえ、とんでもない。是非、お願いします!!」




これって棚からぼた餅、瓢箪からなんとやら・・・ってやつですか?




「ずるいぞ、中禅寺!何故僕がこんなつまらない猿の勉強を見なければいけないのだ!」

「あんたは元々関口を教えに来たんでしょう」

「すぐ隣に可愛い女の子がいるのならそっちがいいに決まってる!」

「五月蝿いですよ。静かにして下さい」








「いつも大変だね、関口君・・・・・」

「うん・・・・もう慣れたけどね・・・・」







遠い目する関口君に大変だなぁと同情しつつ。

とんでもない美形と渋い二枚目とちょっと弟っぽい可愛い男に囲まれて。





もしかして今日はすごくいい日かも・・・・なんて。






ニヤけてしまいそうな頬を叱って鉛筆を握り締めた。