「いい加減、機嫌直せよ」




青木は帰るなり、振り向きもしない彼女に溜息を付いた。










結界












青木には同棲中の彼女がいる。

安普請のアパートに二人暮らしをしているが、現在その彼女はご機嫌斜めで。

原因はもちろん青木にある。









些細な事だったと思う。

シャツにアイロンが掛かってないだの、ネクタイが曲がってるだの。

ただ最近仕事が忙しく彼女にかまってやれなかったせいで、元々は機嫌が悪かったのだ。

女というものは男が忘れているような事でも逐一覚えているのだと零したのは先輩である木場だったか。

全くその通りで、一つ不満を言えば、この前は、その前はと、次々に不満が噴出してくる。



今日の朝は結局口喧嘩したまま出勤する事になり、そんな事すっかり忘れて帰ってみればこの有様である。

当然の事ながら、食卓に青木の分の膳は用意されていない。






「勘弁してくれよ」




ようやく武蔵野バラバラ事件の事情聴取の収拾がつきそうな所なのだ。

探偵が引っ掻き回し、古本屋が形を付けたこの事件は頭の固い警察幹部を納得させるには複雑すぎるほど複雑だった。

裏付けを取るだけで一苦労なのである。加えて上司である木場は謹慎中。

人手不足で、この上家に帰ってまで揉めたくはない。









「何よ」

「ほら、アイス買ってきたから」

「私はいくつよ!?」

「だったら拗ねるの止めてくれよ」

「やだ。ここから先は私の陣地。入んないでよね」






そう言って彼女は指で空中に線を引いた。

とても大人がする仕草じゃない。

そんな所が可愛いと思ってしまうのは、惚れた弱みか。







「いい加減にしろ、ほら」





彼女の引いた境界線を軽々踏み越えて、彼女を抱きすくめる。

じたばたと腕の中で暴れるが、一つ接吻をすれば途端におとなしくなった。






「機嫌直ったのか?」

「全然」

「明日非番だって言っても?」

「本当!?」





カバっと振り返ったの笑顔をようやく見れた青木はまた額に口付けを落とした。

嬉しそうに抱きつく彼女をゆっくりと押し倒す。

するとは怪訝そうに青木を見上げた。




「・・・・・何?」

「いや、明日休みだし、久しぶりに」

「やだ。今日危険日だし。アイス溶けるし」

「別にいいだろう。出来たって」

「そういう事は求婚した後に言って下さいます?アイス食べるの!」

「・・・・・・・・・・・俺よりアイス?」

「当然」






躊躇する事なくそう断言するに渋々腕の力を緩める。

するりとすり抜け、アイスを手にしたは嬉しそうにそれを頬張った。

こんなことなら鳥口でも誘って夜町にでも繰り出せば良かったなんて死んでも言えない。







「食べる?」

「いいよ」

「何怒ってんの?」

「怒ってない」

「怒ってる」

「怒ってない!」








そうしてまた繰り返されるのはまさに犬も食わない痴話喧嘩。

しかし毎回折れるのは自分であるということを青木はまだ気付いてない。






そして今日も無意味な境界線が張られるのだ。













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・・・・・・・・・・・・・誰?
本気で青木のキャラについて考えてみよう。