始まりあれど終わり見えず。













宴の支度










「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの」

「なにか用ですか」

「・・・・・・・(怖!)」









放課後の図書館。

市の運営する図書館など平日の午後は閑散としていて、嘆くかな、学生の利用などほとんどない。

今日も例外ではなく、とその男子学生以外の利用者はお年寄りばかりだった。




その日は大好きな本の新刊を借りるべく、図書館に入ってすぐ新刊の棚を目指した。

だが、目の前まで来た所で、先客がいることに気付く。

それは痩せて背の高い男子学生だった。





(よりにもよって私の借りたい本の前に立ってるよ・・・・)





せっかく目当ての本が目の前にあるというのに、その前には壁の如く立ちはだかる障害があった。

分厚い背表紙の本を片手でペラペラと捲っている。彼が邪魔で本は取れそうに無い。

少し待ってみようと、すぐ傍の椅子に腰掛けたがいつまで経っても彼が動く気配は無かった。





(もしかして立ち読みで完読するつもり!?)





だとしたらいつまで待っても無駄だということだ。

時計の針は四時半を指している。後三十分で閉館。





(やだな・・・・でも今日借りなきゃ読める時間ないし・・・)





もうすぐ学期末試験が始まる。

借りるチャンスは今日だけだ。





大袈裟に溜息を吐いて、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

そろり、と彼の背後に近づく。が、こちらに気付く気配は無い。

やはり声を掛けてどいてもらうしかないようだ。









「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの」

「なにか用ですか」

「・・・・・・・(怖!)」








なんとか声を絞り出したものの、読書を中断されたせいか、それともこういう人相なのか、本から視線を上げたその表情は思いっきり不機嫌で。

上から投げつけられる視線は完全にこちらを邪魔者と看做している。






「一寸退いて欲しいんですが・・・・・・」






こちらが悪い訳じゃなくても萎縮してしまう、所謂日本人の性だろうか。

反射的に頭を下げてしまう。





「ああ、悪かった」





けれどやはり頭の上から掛かったのはひどく柔らかい声で。


驚いて視線を上げると、やはり不機嫌そうな表情のままさっきよりも少し横に移動した彼がいた。

急いで手を伸ばして目当ての本を手に取る。瞬間ほっと溜息が出た。

視線を横にすると、場所こそ移動したもののさっきと全く同じ体勢で本を読み耽る彼が居て。

あと十五分で閉館だけどどうするんだろうと、どうでもいい事を考えた。







「・・・・それ、読むのかい」

「え・・・・」





まさか声を掛けられるとは思わず、しばし返事に戸惑う。

表情はまるで変わらず不機嫌そうに眉に皺を寄せている。

もしかしたら元々目付きの悪い人なのだろうか・・・・





とりあえずコクン、と頷いてみせると彼はそうか、と頷いた。




「これ・・・借りるつもりでしたか?」




会話の意図が読めず、もしや彼も読もうと思っていたのかと思ったが、彼は無言で首を横に振った。





「僕はもう借りたよ。ただ・・・・珍しいと思ってね」

「珍しい・・・ですか?」




何が珍しいのだろうと首を傾げる。

自分も借りておいて尚、珍しいとはどういう事か。





「それは妖怪百図だ。少なくともそんなものを嬉しそうに手に取る女学生は初めて見たね」





嬉しそうに・・・・見えたのだろうか。

まぁ、彼がそう言うなら見えたのだろうし、長く待っていた本がやっと入ったのだから嬉しくないはずがない。

それに珍しいといえば・・・・確かに妖怪が好きな年頃の娘などそうそういないのかもしれない。




けれどまぁ・・・・好きなものは好きなのだ。






「好きなんです。妖怪」






妖怪が好き、と口に出すと奇妙な感じがしたがそれ以外に言い様が無い。

彼は少し驚いた顔して、それからすぐに――――ほんの少しだけ口元を緩めた。







「そうか」










会話はそれで終わった。

私は軽く会釈し受付に行き、それが済んだ頃にはもう彼はそこにいなかった。

本を鞄に入れる前、なんとなく図書カードを見る。

書かれている名は二つだけ。

一つは自分のもの。ということはもう一つは間違いなくあの人のものだ。






中禅寺秋彦









また会えるかな・・・・・・









せめて校章くらいは見ておくべきだったと家に帰る頃後悔した。