『差し入れありがとう』




昼休みにそんなメールが届いて、思わず携帯をいじる手が止まった。

別になんてことのないメールだ。今まできたメールと何一つ変わらない、はずなのに。


変わっているのは、メールを受け取った自分の方だなんて、認めたくない。













たとえばこんな恋の話












受け取ったメールをどうしたらいいのか固まったまま、きっかり10秒。

毎日来るメールに返事を出すことは、実は稀で、返事はいいか、とため息を付く。

メールフォルダの受信履歴の中に羅列される水戸部凛之助の文字。

毎日メールだなんて、友達や恋人同士だって普通はしない。

浮いた言葉なんて一つも書かれてはいないメールだけど、それでもこれだけの量なら嫌でも気付く。

それがどんな種類のものであれ、それなりの好意を向けられていることに。

初めは出会い頭助けたこともあって、ただ懐かれているのだと思ってただけなのに、こんな風に水戸部のことを考えてドキドキするなんて、立場が逆転してしまったようでくやしい。

受信メールを削除してやろうかと思ったけど、なんとなくそれも出来ずに携帯を閉じたり開いたりしていると、新たにメールを受信して携帯がチカチカと点滅した。



『今週末、練習試合があります。応援にきてくれませんか?』



確認するまでもなく、水戸部からのメール。昨日までの私ならなんて答えただろう。

速効で断った?それとも応援くらいしてやる、と以前言った手前、一度くらい行ってやろうという気になっただろうか。

昨日までの自分が分からない。




カチカチと携帯に文字を打ち込んでいく。それは曖昧である意味とても卑怯な言葉。


『暇だったらな』


送信ボタンを押して携帯を閉じると、目の前には全く手の付けられていない弁当箱に、友人が残り時間あと5分、と笑った。





















「で、なんだって、水戸部?」

小金井がメール受信を示すランプの点滅を見つめながら、シンプルな黒の携帯をじっと見つめる。

水戸部はその視線に見守られながら、携帯を開いた。



「・・・・・・・・」

「なんて書いてある?」

「・・・・・・・・」


カパッと開かれた携帯画面を水戸部がおずおずと小金井に差し出す。


「うわーーー、びみょーー」


小金井の反応に水戸部ががくりと項垂れる。

来るか来ないか分からない、というよりは遠まわしに断られている気がしなくもない。

既に試合に負けた後のように肩を落とす水戸部に、小金井は少し考えてメールメニューの返信を選ぶ。

なにやってんの、と水戸部の視線に小金井が不安を打ち消すような満面の笑みを浮かべる。



「とりあえずさ、試合の時間だけ知らせとこうぜ。場所はうちの体育館なんだしさ」

「・・・・・・・・」


無言で頷く水戸部を小金井は見つめる。

親友と言っても過言でない水戸部は無口なせいか、友人関係が限られている。

それもほとんどが、小金井や他の気心知れた友人達を通しての関係になる為、対人関係で水戸部がここまで自分から積極的になるのは珍しい。

しかも相手は女の子。小金井が知る限り、水戸部が親しくする女の子は皆無だ。まぁ、でかくて無口じゃなかなか水戸部の人柄まで伝えるのは難しい。

だからこそ、応援してあげたいのだが、相手はいきなりラスボス級の気難しい相手。もっと女の子らしくて可愛い子はいっぱいいるのにどうしてあの子なんだろうと思う。

もちろん、さんがいい子なのは分かるけど・・・・そこまで考えて、気付いた。


でかくて無口で無愛想に思われがちな水戸部と、

見た目や雰囲気で敬遠されそうなさん。

でも二人とも本当は優しくでイイ奴だってことに。



「なぁー、水戸部」

「?」

「俺、断然応援しちゃうからなー!水戸部のこと」

「??」



似た者同士の二人。もしかしたらすごくお似合いなのかもしれない。



「練習試合見に来てくれるといいな!」


その言葉に水戸部も笑って頷く。

そして試合の日時が書かれたメールは電波の波にのって、送信された。



































この前借りた本返さなきゃ、と思ったのはそれから三日後の金曜の昼休みだった。

返却期限はまだあと一週間あるけど、読み終わったものをそのまま持っている理由はない。

借りるのはいいけど、返すの面倒なんだよな、とどうしようもないことを考えつつ弁当を急いで食べる。



「ちょっと図書室行ってくる」

「はいよーー」


気のない友人の返事に見送られて、四階の図書室へと向かう。

まだ一年しかいない誠凛は、四階まで登るとほとんど人気がない。

音楽室や美術室など特別教室が多い四階はこの時間それこそ使われているのは図書室くらいで、扉を開けても人はまばらだ。

やる気のない図書委員の前で返却スタンプを押して本を元の場所へ戻す。

新設校の割に古い本が多いのは、他の学校から持ってきているものや寄贈された本が多いせいだろう。予算の都合なんて理由はなんとなく切ない。




「ん?」



借りる気もないのに本棚を見つめながら歩いていると、スポーツコーナーのある本に目が止まった。

ほとんどが〇〇初心者入門みたいな題名で各スポーツの入門者やルールブックが並んでいる。

その中の「バスケットボールルールブック」というなんとも分かりやすい題名の本に自然と手が伸びた。

パラパラと捲って見るが、あまり意味はよく分からない。



借りてみるか、と思い立ち、いやいや、なんでだよ、と首を振る。

バスケのルールを覚える必要なんてどこにもないのに、手は本を棚に戻そうとはしない。

携帯を開いてメールをそっと盗み見る。そこには練習試合の日時が書かれたメール。

(土)13:00〜     つまり、明日の昼からだ。




どくん、っと心臓が不自然な動きをする。

また、だ。この前からオカシイ。水戸部の事を考えるとなんだか鼓動がおかしくなる。

それが嫌で考えないように、と頭を振るけれどそれがまた逆効果で。

目に焼きついたのは、あの、獣のような眼光。空手の試合で臆したことなんてないのに、あの瞳を思い出すと肌が粟立つ。




どくんっと、心臓がもう一度大きく高鳴って。



あの瞳をもう一度見たい、と思ってしまった。











衝動に負けて借りたのは、一冊の本。

誰にも見つからないように腕に抱えながら一階まで一気に階段を駆け降りる。

別に応援なんて大げさなことをしなくてもいい。こっそり盗み見るだけで。











ずっとずっと少女マンガのような恋愛話を馬鹿にしていた私が初めて、ヒロインの気持ちを理解した瞬間。