朝、携帯の電源を入れると5通のメールが届いていた。 差出人は全員同じ、水戸部凛之助。 怒りを通りこして呆れかえる。 中身は見ずに携帯を鞄の中に放り込んだ。 たとえばこんな恋の話珍しく朝モタモタして、始業時間ギリギリに教室に辿り着くと、席の前に友人達がバツの悪そうに立っていた。 理由は聞かなくても分かっている。まぁ、木吉にあのボケっぷりでつきまとわれたら、誰だって嫌になるだろう。 メアド流失の件は不問に処す、と冗談まじりに言うと、殺されるかと思ったと友人達が息を吐いた。 いくら私でも女の子に手は出さないぞ、失礼な。 続けて目に入ったのは朝練から戻っていた土田だった。 「おはよう、さん、あのさ・・・・」 「水戸部に言っとけ。メールは読まずに削除したって。それとこれ以上メールしてくるようならメアド変える」 「うっ。あ、のさ・・・水戸部は悪くないんだ!」 「悪いのは木吉だよな。でも他人に聞いたアドレスでメールしてきたのは水戸部だろ。私はメアドを他人に聞いてメールしてくるような男は嫌いだ」 「や、えっと、」 基本土田もイイ奴なのだろう。 なんとか水戸部をフォローしようとしているが、私の言葉に何も言えなくなったようだ。 八つ当たりのようで悪いことをしたな、と思いつつまぁバスケ全員グルだろうし気にしないことにする。 本当はメールだって削除していない。見ていないだけだ。 そうこうしている内に先生が来て、土田は名残惜しそうに席へ戻っていった。 結局学生と携帯ってのは切っても切れないわけで、いくら学校側が電源を切れと注意を促してもあまり効果がないのは一目瞭然だ。 昼休みにマナーモードに設定された携帯をチェックすると授業中なのに他のクラスの友達からメールが入っていたりする。 私自身はさすがに授業中にメールはしないものの、昼休みには必ず一度は携帯を見る。 友達からのメールを開きつつ、フォルダの中には未開封のメールが五通。 最近の携帯は親切で、見ていないメールがあるといつまでも待ち受け画面にメールのアイコンが表示される。 いっそ本当に消してやろうかと思ったが、なんとなくそれが出来ずにいる。 そういえば、木吉来ねぇな。 てっきり今日も来るかと思っていたが、他の連中に止められているのか、はたまた諦めたのか。 まぁ、昨日のメールでさすがに嫌気も差しただろう。来たら絶対殴ろうと思っていただけに拍子抜けだが来ないに越したことはない。 どうでもいいや、と弁当の蓋を開けて箸を持つと、前に座っていた友達が「あ、」と声を上げた。 「ねね、あれ」 そう言って箸で挿した先は閉められた教室のドアの窓から覗く頭。 180を超える身長などそうそういないから、すぐにわかる。しかも目立つ。 その頭はウロウロと教室の前を行ったり来たりしていて、ドアの前の席の連中が怒鳴らないのが不思議なくらいの怪しさだ。 ふと前の席を見る。土田はいない。ということはこのクラスの他の誰かに用があるのだろう。 自惚れるわけではないが、十中八九自分に違いないだろう。 「はーーーっ」 深い溜息が自然と零れ出る。まだ箸の付けられていない弁当の蓋を閉じて教室のドアを開く。 「・・・・・・!!」 驚く水戸部をシカトして廊下を歩くと予想通りオロオロしながらついてきた。 やはり私に用があるらしい。さてどうしたらいいものか。 とりあえず誰もいない教室を探すか、と階段を上がると水戸部が焦ったように私の手を引いた。 「・・・・・・・」 「・・・・・・・」 「・・・・・・・」 水戸部は喋らないわけだから、私がなにも言わなければ自然と無言になるわけだ。 バスケ部やクラスの連中は一体どうやってコミュニケーション取っているのだろう。まさか全部メールじゃないよな? とりあえず黙っていると、水戸部が胸ポケットからメモを取り出して、私の手にのせた。 なるほど、筆談か。 二つ折りのメモを開くとそこにはメアドが一つ書かれていた。それは昨日見たばかりのもので、間違いなく水戸部のメアドだ。 携帯には既に水戸部からのメールが届いているから、登録はされていないものの、私はメアドを知っている。 にも関わらずこんなものを渡してくる理由は一つ。土田が水戸部に言ったのだろう、今朝の私の言葉を。 チームワーク抜群だな、バスケ部。 「・・・・・・で?」 「!」 「だから、なに?」 わざと分からないふりをして、ひらひらとメモを水戸部の前にかざして見せる。 すると水戸部は自分の携帯を取り出したて、カチカチと何かを打った後、私にそれを手渡した。 ディスプレイはアドレス登録画面で、名前の部分にはとある。今、打っていたのがそうなんだろう。 カーソル部分はアドレス入力枠でカチカチと点滅している。 アドレスを教えて欲しい、ということか。 さて、どうしようか。 はっきり言ってバスケ部に入部する気は微塵もない。けどまぁ、応援くらいはしてやってもいいと思ってる。 土田も水戸部も監督もキャプテン眼鏡も、みんないい連中だしまぁ木吉は横に置いておくことにして。 水戸部は緊張した面持ちで、私の手元をずっと見ている。 「私はバスケ部に入部する気は全くない」 「!」 「今後、勧誘も一切御免だ。二度とするな。それでいいなら、教えてやる」 そう言うと、水戸部は予想外に悲しそうな顔をして、顔を伏せた。 それまるで捨てられた子犬のようで、こっちが悪いような気さえしてくる。 「別に応援くらいならしてやるよ。ただ入部しないってだけだ」 思わずそう言うと、バッと顔を上げて微笑んだ。顔も若干赤い。 それでいい、と水戸部が何度も頷くので、私は自分のアドレスを入力して登録ボタンを押してやる。 その日水戸部からきた最初のメールは一言「ありがとう」というものだった。 |